「彼氏さんはお姉さん自身を好きなのでしょうか? 言い方悪いですが、自分の思い通りになって、都合がいいからそばに置いてるのではないですか?」
この子はなんて的確で酷いことを言うのだろう。悲しいけど少年の言うことは当たっていると思う。付き合い出した頃は違っていたかもしれないけれど、今の雅也は私自身を好きなわけではないだろう。自分の言うことを聞く女として私が丁度いいだけなのだ。
「自分をなくしてまでして、痛い思いをしながらその彼氏さんと居続ける理由なんてあるのかな。お姉さん、人生を無駄にしてると思う」
もう私は何も言えなくなっていた。暴力を振るわれても、浮気をされても、自分を殺してもなぜ雅也と一緒にいるのか。分からなくなっていた。
「お姉さん。僕、大切な自分を落としてしまった人の結末を知っています。お姉さんにはそうなって欲しくない」
少年の言うことに私は心当たりがあった。最近、時々頭にふっと浮かぶのは、死。
ーー生きるのに疲れたな。
「お姉さん。お姉さんは彼氏さんがいないと一人ぼっちだと思っているようですが、本当にそうでしょうか? 彼氏さんはお姉さんといてもお姉さん一人の人にはなりそうもない。それって独りでいるのと一緒じゃないですか?」
頭が痛い。殴られたからじゃなくて、もっと奥深くが、痛い。心が痛い。
「それに、お姉さんがいないと悲しむ人間て結構いるんですよ。疎遠になってる親はもちろん、友達も、同僚も。お姉さんの居場所って意外とあるんです。人間は生きてるだけで居場所がある。僕にはそれが分からなかった。だから……」
少年はそう言って悲しそうに俯いた。そして、一度頭を振って、私を見た。
「お姉さんは仕事だってちゃんと出来てるんでしょう? 彼氏さんがいなくてもやっていけます。自分を落としたままにしないで。そして、僕みたいに、一番大切なものを落とさないで」
少年は泣く寸前のような顔で私に懇願した。
「え?」
私は少年の言葉に違和感を覚えて、彼を見る。少年はやはり泣きそうな顔のまま頷いた。
「僕は命を落としてしまいました。それで、やっと自分が独りでなかったと気がつきました。それじゃ遅いんです」
私はその言葉に呆然と少年を見つめた。
「お姉さん。自分をちゃんと持って。もう大切なものを落とさないで。僕のようにならないで」
そう言った少年の身体が段々と透けていく。
「時間だ。言えて良かった。今度はいい人見つけてね」
少年は最後にそう言うと、笑顔になって手を振り、消えていった。ホームの時計の針が0時を回っていた。
私はいつまでも少年のいた所を見つめ続けた。
翌日。私は有給をとって、図書館に行った。探し出した新聞で、あの少年だろう子が、五十日前にいじめを苦に電車に飛び込み自殺をして亡くなっていたことを知った。
少年はきっと後悔していたのだ。それで四十九日まで幽霊として残っていたのだ。
そんな少年が伝えてくれたこと。決して無駄にはできない。
私はその足で美容室に駆け込み、髪をばっさりと切った。デパートの化粧品売り場で化粧をしてもらい、口紅とアイシャドウを買って、服も見て回った。
きっと殴られる。もしくは泣きつかれる。
でも私はきっぱり別れを切り出そう。
そう思って、雅也のマンションへ向かうため、電車に乗った。迷いはなかった。
了