「今日も公園いこ!」
 放課後。あいも変わらずナリは今日も今日とて公園へわたしを誘う。
 昨日わたしは葬式で学校を休んだ。
 これはそのことを唯一知るナリなりの気遣いなのかもしれない。
 特に断る理由もなかったので今日も今日とてわたしはナリと遊ぶことにした。
 今日はこの前とは違い少し学校から離れるかわりに大きく、カラフルな遊具の多い公園に向かう。
 ここ数日で様々なことを知り、世界にまで疑念を持ってしまったわたしはたとえ外で『変』と言われようが一秒でも家という狭い場所にいたくなかった。
 公園に着くとあまり人は見当たらず、遊具は誰にも使われていなかったためナリは子供のようにはしゃぎながら、その遊具の方へわたしを置いて走っていく。
 「サクラも遊ぼーよー!」
 ナリはわたしにそう叫びながら黄色い滑り台をのぼる。
 「わたしは遠慮するよ。今はそんな気分じゃない」
 わたしが近くにあったベンチに座るとナリは滑り台の上で立ちあがって「体動かそうよー」と言ってから滑り降りる。その後近づいてくるとわたしの手を引いて今度はブランコにいく。
 「これなら滑り台よりも、ベンチよりも良いでしょ?」
 ナリは赤いブランコに乗るとすぐにこぎ出すが、わたしは乗ってもこぐ気にもなれない。
 それを見かねたナリは昔話をし始めた。
 「ねぇ。中学二年生の頃のこと覚えてる?」
 「中学? もちろん覚えてるけど」
 「わたしさ、中学の頃いじめられてたんだよ。クラス対わたしくらいね。友達だと思っていた人もある日突然それが原因でわたしと話さなくなったし、もちろんその状況を見ても止める人なんて生徒にも教員にもいなかった。だからあの時程辛いと思ったことはないくらいわたしの心は落ち込んでた。その日もこの公園で放課後もいじめられてた」
 淡々と話す姿からはいつもの明るいナリの面影はない。
 でもナリの話す内容に何か引っ掛かるものがあった。何か忘れているようなそんな違和感に近いものが。
 「泥や水をかけられてわたしはその日も泣いてた。そこにまるで漫画やアニメのヒーローみたいな人が現れたの。その人はわたしと同い年だったのに強くてカッコ良かったんだ~。そして何よりその人に言われた言葉でわたしは救われたし、変ろうって思えた」
 確か昔似たような場面に出くわした記憶がある。同学年くらいの男女三人が一人に水やら何やらをかけて笑っていたからちょっかいをかけたのだ。
 これが忘れてたいたものの正体なのだろうか。
 その後どうなったかは覚えていないけど確かそのいじめられていた子にわたしは確か、こう言ったのだ。
 自分が泣く結果を変えたいなら――
 「――自分で変えるしかないよ。ってね」
 「えっ」
 ナリはブランコから勢いよく飛び、鉄柵を飛び越えて着地した。
 「その言葉のおかげでわたしはその現状を変えられた。だからどうしてもその人に関わりたくて、近づきたくて色々しようとしたんだけどその人近づかないでオーラがすごくて話しかけるまでに一年もかかっちゃった」
 振り向いて笑顔を見せるナリにわたしは驚きの顔しか出来なかった。
 「その感じだと忘れてたか、あの時の子がわたしだって知らなかったでしょ。でも無理もないよね。あの時は本当に少しの時間だったし、性格も変わったから」
 「ごめん。気づかなかった」
 「ううん。気にしなくていいよ。そんなことよりもわたしはサクラの困っていることに手を貸してあげたいの。今度はわたしが助ける番。ってね」
 ナリの差し伸べられた手にわたしがどんな期待して良いのかどうかわからない。期待して、頼ったところで他の人達のように無へ、裏切られるのがオチなのかもしれない。
 幼いわたしならそう思っただろう。
 でも今はそう思わない。
 「実は一つ相談したいことがあるんだけど……いい?」
 思えばこれが初めて誰かに相談したことだったと思う。
 わたしはここ二日の、伯祖父のことを全て話した。もちろんこれから軍の施設に行こうと考えていることも。
 「つまりサクラはそのおじいちゃんの遺言に従って動くってことだよね。それってサクラの意思ってことでいいの? それにこれってもしかしたら違法かもしれないよ? その伯祖父さんの死因だって……」
 口籠るナリにあまり不安がらせないようにわたしは笑顔をつくる。
 「未だにあの人がどんな意図があってこんな話をわたしにしたかわからない。でもここから何かを変えたいって気持ちは元々わたしの中にあったものだよ」
 これはもう何年も前からあったわたしの本音。
 何度『変』と言われようともそれがこの世界であり普通なのだと思い込むことで自分の気持ちを押し殺してきた。
 でも本当は逃げたかった。あの家からも、この世界からも逃げて自由になりたかった。
 それは一人の友人が出来たことだけで解消されるような軽いものではない。
 「わたしは行くよ。絶対」
 確証があるわけでも安全が保証されているわけでもない。だからこそわたしは行く。先の見えない道だろうともそこにわたしの望む可能性があるのなら前へ行くだろう。それに薬も飲まないようなあんな他の人とは違う人が言ったことなのだから確証はなくとも可能性があることに変わりはない。
 「意思は硬いみたいだね。ならわたしはもう何も言わない。そのかわり、わたしも一緒に行かせて。親友が困ってる時に一番に助けになりたいもん」
 「ありがとう。ナリ」
 わたしがそう言うとナリはニコッと笑った。
 今日も夕日は沈んでいく。
 全く変わらない時間に確実に。