夜。どうしてもわたしは伯祖父が何を言おうとしていたのかまた気になっていた。
わたしはベッドで伯祖父のことを考えていただめ、頭の中はそのことでいっぱいだった。
ガバッと勢いよく寝ていた体を起こして部屋を出る。
由美さんは三十分前、夫の陽一さんを連れて『EDEN』に行くと出かけていったため、あれに出くわす心配もない。
階段を降りて一応台所でコップに水を入れて持っていくが、ふすまの前に着いたタイミングで伯祖父が今起きているのかふと疑問に思った。
いつもならこの時間、伯祖父は寝ている時間。起きている可能性はかなり低い。一瞬このまま何事もなかったように部屋に戻るという選択肢が頭をよぎったが、やはりわたしの中では好奇心の方が強かったらしい。わたしはゆっくりふすまを開けた。
すると枕元のオレンジ色に光るライトだけがついた部屋で伯祖父は体を起こしてまた空を見つめ、視線はこちらを向けずに伯祖父は口を開く。
「やはり。お前ならくると思っていた」
しっかりとした伯祖父の口調にわたしは驚きを隠せないでいた。
もう聞くことのないと思っていた声が蘇ったのだ。驚くなという方が無理だろう。
「そんなに驚いてどうし……ああ。この声のことか? こんなことよりもお前に話がある」
そして伯祖父は睨むように視線だけこちらに向けた。
「サクラ。お前、ずっと自分だけが他人と違う存在だと思っていないか?」
質問に対しての返答も待たず間髪入れずに話は続く。
「今まで散々『変』だと言われてきただろう。あれはこの世界の仕様なんだよ」
仕様とはどういう意味なのか全く意味がわからない。わたしが『変』と言われる設定、世界線ということなのだろうか。
伯祖父は体がキツくなってきたのかゆっくりと体を後ろに倒し、今度は天井をじっと見つめ出す。
「いまいちわかっていないようだから、ひとつ質問しようか。この世界に国は何個存在している?」
そんな質問、簡単に答えられる。わたしじゃなくてもお年寄りだろうと、社会人だろうと、学生だろうと、幼稚園児だってわかるような簡単な質問。
「国。国と言ったらこの国ひとつだけでしょ?」
わたしがそう答えると伯祖父は鼻で笑った。
「そうか。ではこの国の名は?」
「ん? 国は国でしょ? 名前がつくの?」
これには祖父は声を出して笑ったが、すぐにむせてしまう。
「こんな問答に何の意味があるの? 何が言いたいのかわからない……」
伯祖父に水を渡して背中をさすりながらそう言うと、伯祖父はよだれを垂らしながらニヤッと笑った。
「まだ、気づかないか? この世界の異常さに」
確かに初めて他人から『変』と言われた日。自分だけが違う存在だと感じて悲しくなったし、泣きもした。でもそれも何年も言われ続ければ、慣れて何も思わず、感じもしなくなる。それを今更異常と考えるのはわたしには難しい。
だからこそわたしはこの人にこの言葉を送る。
「薬飲まなすぎてどこか『変』になったんじゃないですか?」
すると伯祖父はさっきよりも大きな声で笑いだした。
「まさかお前に、研究成果に言われるとはな。これは一本取られたな! はっはっは! そうだ。俺はこの世界では『変』で本来ならいないはずの存在だ! よくわかってるじゃないか!」
そしてまたむせた。
「くそっ。こんなの無駄だろうが! 消せよ!」
数時間前まで感情が薄く小声でしか声を出すことしか出来なかった伯祖父が、今では大声で笑っていたり、怒ったりしているこの異常な光景にわたしは恐怖しはじめ、一歩、また一歩と後ろに、唯一の出入り口であるふすまの方へ後ずさりして近づいていく。
それに気づいた伯祖父は叫んでわたしを呼び止めた。
「俺をどう思おうがお前の勝手だが、これだけは聞け」
急に伯祖父は真面目な顔でわたしを見る。
「こんな世界でも生きたいと思うなら俺は止めん。だが、出たいと望むならお前は『シマ』にいけ。そこに求めるものが必ずある。どちらにせよお前は今は孫みたいなもんだ。俺はお前の意見を尊重する」
わ、私は――。
「今無理に決める必要は無い。もしもその気があるのならこれを持って軍の基地に行きなさい」
伯祖父はそう言ってライトの下を指さした。
そこには四十代くらいの顔写真のあるカードが置いてある。
「俺が出来るのはここまでだ。その先は知らん。だからあとは一人でがんば……」
「えっ……」
唐突に途切れた伯祖父の声に驚いて声が出る。
怖がりながらも伯祖父のもとへ近づくと伯祖父が目を開けて死んでいることに気づいた。
わたしはベッドで伯祖父のことを考えていただめ、頭の中はそのことでいっぱいだった。
ガバッと勢いよく寝ていた体を起こして部屋を出る。
由美さんは三十分前、夫の陽一さんを連れて『EDEN』に行くと出かけていったため、あれに出くわす心配もない。
階段を降りて一応台所でコップに水を入れて持っていくが、ふすまの前に着いたタイミングで伯祖父が今起きているのかふと疑問に思った。
いつもならこの時間、伯祖父は寝ている時間。起きている可能性はかなり低い。一瞬このまま何事もなかったように部屋に戻るという選択肢が頭をよぎったが、やはりわたしの中では好奇心の方が強かったらしい。わたしはゆっくりふすまを開けた。
すると枕元のオレンジ色に光るライトだけがついた部屋で伯祖父は体を起こしてまた空を見つめ、視線はこちらを向けずに伯祖父は口を開く。
「やはり。お前ならくると思っていた」
しっかりとした伯祖父の口調にわたしは驚きを隠せないでいた。
もう聞くことのないと思っていた声が蘇ったのだ。驚くなという方が無理だろう。
「そんなに驚いてどうし……ああ。この声のことか? こんなことよりもお前に話がある」
そして伯祖父は睨むように視線だけこちらに向けた。
「サクラ。お前、ずっと自分だけが他人と違う存在だと思っていないか?」
質問に対しての返答も待たず間髪入れずに話は続く。
「今まで散々『変』だと言われてきただろう。あれはこの世界の仕様なんだよ」
仕様とはどういう意味なのか全く意味がわからない。わたしが『変』と言われる設定、世界線ということなのだろうか。
伯祖父は体がキツくなってきたのかゆっくりと体を後ろに倒し、今度は天井をじっと見つめ出す。
「いまいちわかっていないようだから、ひとつ質問しようか。この世界に国は何個存在している?」
そんな質問、簡単に答えられる。わたしじゃなくてもお年寄りだろうと、社会人だろうと、学生だろうと、幼稚園児だってわかるような簡単な質問。
「国。国と言ったらこの国ひとつだけでしょ?」
わたしがそう答えると伯祖父は鼻で笑った。
「そうか。ではこの国の名は?」
「ん? 国は国でしょ? 名前がつくの?」
これには祖父は声を出して笑ったが、すぐにむせてしまう。
「こんな問答に何の意味があるの? 何が言いたいのかわからない……」
伯祖父に水を渡して背中をさすりながらそう言うと、伯祖父はよだれを垂らしながらニヤッと笑った。
「まだ、気づかないか? この世界の異常さに」
確かに初めて他人から『変』と言われた日。自分だけが違う存在だと感じて悲しくなったし、泣きもした。でもそれも何年も言われ続ければ、慣れて何も思わず、感じもしなくなる。それを今更異常と考えるのはわたしには難しい。
だからこそわたしはこの人にこの言葉を送る。
「薬飲まなすぎてどこか『変』になったんじゃないですか?」
すると伯祖父はさっきよりも大きな声で笑いだした。
「まさかお前に、研究成果に言われるとはな。これは一本取られたな! はっはっは! そうだ。俺はこの世界では『変』で本来ならいないはずの存在だ! よくわかってるじゃないか!」
そしてまたむせた。
「くそっ。こんなの無駄だろうが! 消せよ!」
数時間前まで感情が薄く小声でしか声を出すことしか出来なかった伯祖父が、今では大声で笑っていたり、怒ったりしているこの異常な光景にわたしは恐怖しはじめ、一歩、また一歩と後ろに、唯一の出入り口であるふすまの方へ後ずさりして近づいていく。
それに気づいた伯祖父は叫んでわたしを呼び止めた。
「俺をどう思おうがお前の勝手だが、これだけは聞け」
急に伯祖父は真面目な顔でわたしを見る。
「こんな世界でも生きたいと思うなら俺は止めん。だが、出たいと望むならお前は『シマ』にいけ。そこに求めるものが必ずある。どちらにせよお前は今は孫みたいなもんだ。俺はお前の意見を尊重する」
わ、私は――。
「今無理に決める必要は無い。もしもその気があるのならこれを持って軍の基地に行きなさい」
伯祖父はそう言ってライトの下を指さした。
そこには四十代くらいの顔写真のあるカードが置いてある。
「俺が出来るのはここまでだ。その先は知らん。だからあとは一人でがんば……」
「えっ……」
唐突に途切れた伯祖父の声に驚いて声が出る。
怖がりながらも伯祖父のもとへ近づくと伯祖父が目を開けて死んでいることに気づいた。