基地に着くなりすぐに降下に使うタンデム装備の説明や持ち物検査やらで時間はどんどん経過していき、やっとの思いでわたしは今滑走路にいる。
 「大丈夫なんですか? 滑走路にこんな堂々と立ってて」
 「大丈夫です。元々そんなに使うことがないので。それよりもすみません二時間以上拘束してしまって」
 「いえ。これに乗せてもらえて、さらには『シマ』に行かせてもらえるのですから短いくらいです」
 本当はずっと座っていたからお尻が痛い。
 「それにしても大きいですね」
 わたしはこれから乗り込むグレーの飛行機を見ながら言ってみたが、そもそも飛行機なんて一、二回飛んでいるところを見たくらいなので標準的な大きさなんてわからない。
 「説明しましたが、食料や武器も一応乗せてあるからこれくらいがいいんです」
 「空将!! いつでも出れます!」
 「了解。では乗り込みましようか」
 「はい」
 無人操縦のできる飛行機はわたしと上山空将を乗せて離陸。『シマ』に向けてどんどん高度を上昇させ、あっという間に雲の上まで上昇した。
 初の飛行機に興奮も恐怖も不安もなく、わたしはただ乗せられているだけだった。
 「初の飛行機だというのに妙に落ち着いていますね」
 「そうですね。多分実感がないだけだと思います。そんなことより置いてきちゃって良かったのですか?」
 「ん? 何の話ですか?」
 「一緒に行きたいって人。たくさんいたじゃないですか」
 「ああ。彼らは部下です。昨日も言いましたが『シマ』はもはや死地。そんなところに部下たちを行かせるわけにはいかない。本当は君にも行っては欲しくはないのですが、高校生の女の子が軽い気持ちで軍の基地に一人で来るわけもないから許可しました」
 「ではなんで上山空将はこれに乗っているのですか?」
 「それは君を一人で行かせるには行かないと思って……」
 「他にもありますよね」
 上山空将は驚いた後、笑った。
 「気付いていたのですか。なら言わないわけにはいかないですね。ただ私は行って実際この目で見たかった。昔『ユメシマ』とまで言われた場所に。何度も行きたいと思ったが私は空将、行けるはずがない。この行けないもどかしさを持って何年もいたら君が現れたというわけです。すみません、大人は理由と言い訳がないと動けないものなんです」
 上山空将も殻の中にいたということだろう。でも今はその殻から出ようともがいている。わたしと同じだ。
 〈上山空将。まもなくポイントに到着します〉
 「了解」
 通信が入り、上山空将は立ち上がった。
 「話はここまで。降下準備を始めます」
 「分かりました」
 わたしたちがタンデム装備の準備を終えるころには降下ポイント直前だった。
 飛行機の後部が大きく開き始め、風が凄い勢いで機内に入る。
 〈予定通り物資を先に落とします〉
 開き終わると大きな物資がレールを滑って後部から流れるように落ちていった。
ということは次はわたしたちの番だ。
 後部の端っこに立ち、下を覗くと白い雲の厚い絨毯があり、物資はもうその中に消えている。
 「時間だ。大丈夫? 怖くはないかい?」
 「少し怖いです」
 「そっか。流石にこれは怖いよね。でもこういう時こそ笑いなさい。変えられるところから変えればどんなこともできるようになりますよ」
 そうだ。わたしはもう変わるんだ。前の自分と決別してでもやらないといけないことが目の前にあるから。
 わたしは引きつりながらも、思いっきりニカッと笑った。
 「時間もないからもういくよ。三、二、一、ゴーッ!」
 飛び降りると機内に入ってきた風とは比べ物にならないほどの風圧が全身に当たる。降下してすぐに上山空将が通信で何か言っていたがわたしはそれどころじゃなかった。
 しかしわたしの気持ちを待たずに高度は落ち、雲に入った。雲は入ると黒に変わり、さらに先程の風圧と一緒に雫が肌に突き刺さって痛い。とても痛い。でも笑っているからなのか耐えられなくない。
 その痛みを超えるとそれはあった。
 これが『シマ』……。
 上山空将は昨日遺跡があると予想されていたと言っていたけれど、こんなものは遺跡とは言わない。
 〈加賀見さん。パラシュートを開きます〉
 上山空将の声と共にパラシュートが開き一瞬ズンと重みがくる。
 そのままゆっくり降下し、無事着地した。
 上山空将は疲れた姿を見せずにすぐにわたしとの装備を外し、腰に入れていた拳銃を取り出して構えた。
 「物資の降下ポイントへ行きます。ついてきてください」
 さっきの雨で内出血しているのか、体中が痛い。
 それでもわたしはくいしばり、無理やり体を動かした。
 物資までたどり着くとやっと休憩出来た。息切れをするわたしの隣で物資の荷解きをしながら上山空将は独り言のように呟く。
 「くそっ。ここは遺跡というよりまだ生きた文明そのものじゃないですか」
 そう。ここは遺跡ではなく生きた文明。しかもわたしたちよりもさらに技術の進んだ文明に感じた。上からは光るビルのようなものが何棟も見えた。
 「急がないと奴らがくる」
 「や、奴らって?」
 「わかりません。わかりませんが前の調査の時に現れたものでしょうね。食料は最低限だけ持ってここに置いていきましょう」
 上山空将は拳銃をしまい、アサルトライフルを持つと物資の陰に隠れながらビルの方へ銃を構えてスコープを覗きだした。
 「何かがいる気配はないですね。近づいてみるか。どうしますかここに残りますか? 一緒に行きますか?」
 振り向いて上山空将はこちらに選択を委ねる。
 「一緒に行きます。だってきた意味が…ないじゃない……ですか」
 わたしは上山空将の後ろに突然現れたものに驚いてそれ以上言葉が出てこなく、尻餅をついた。
 「どうしたんですか?」
 上山空将がそう言った瞬間バンッと大きな音がして上山空将が脇腹をおさえて苦しみだす。
 「あれ心臓を狙ったつもりなんだけど。腰撃ち性能低過ぎ。こんなのまるでゲームじゃん」
 それはそう喋った。
 「くっ! 何者だ!」
 声の方へ上山空将が振り向いた瞬間また大きな音がして上山空将は倒れた。
 「やった。今度は脳天一撃。やっぱりよく狙わないと当たらないな」
 それはどう見たって白髪の青年だったが、言動等は人ではなかった。なぜなら人を殺して笑っていたから。
 「上からはなんか落っこちてくるから見てこいって言われてきてみればこれだよ。別に殺す気はなかったのにさ~」
 すると白髪の青年はわたしに近づいてきた。
 「あれ? 君どっかで見たような……。うーん。なんだっけ思い出せない。下っ端の僕でも記憶にあるくらいだから結構みんな知ってる人だと思ったんだけどなんだっけ」
 白髪の青年が考え始めたためわたしは上山空将の落とした拳銃を静かに持って構え、そして叫びながら引き金を引いた。
 拳銃は勢いよく手から離れ、遠いところまでいってしまった。だがこの近さだ。銃弾は確実に当たっている。はずだった。
 銃弾は白髪の青年に当たる前に見えない壁に向かって今も回転して飛んでいる。
 「危ないじゃん」
 「えっ、なんで……」
 白髪の青年が銃弾に指をさして何もない方向に素早く向けると、銃弾は指のさした方向へ飛んでいった。
 「僕らにそんなの効かないよ? ところでさ僕、君のこと思い出したからちょっとついてきてよ」
 白髪の青年は無理やり体を起こされ、わたしの手を掴み、連れて行く。
 これ以上下手に抵抗すれば何をされるかわからない。だからわたしは黙ってついて行くしかなかった。
 一番大きなビルに着くと白髪の青年は「門番の僕はここまで。君は最上階に向かうんだ」とわたしに伝えるとビルに入る扉を空中にウィンドウを出して操作し、開いた。
 「いい? 途中の階で降りたら絶対ダメだ。必ず最上階に行くんだ。そうしないとあいつら実験材料だからって言って君に何するかわからないからね。それで重要実験体の君に何かあったら僕はここを辞めないといけなくなるかもしれない。だから頼むから無事に最上階に行ってくれ。わかった?」
 唐突に人間味を帯びる白髪の青年に頷くとわたしはビルの中に入った。
 どちらにせよわたしに拒否権も、下手な行動も出来ない。それにもうわたしは現状維持なんてしないと決めたのだから前に進むのみだ。
 ビルの一階は大きなエントランスになっていて、白一色に統一されている。受付カウンターとかもなく、ただ真ん中にエレベーターがあるだけで階段もない。
 真っ直ぐエレベーターに近づきボタンを押す。するとボタンの上にある表示板の電気がついて十三と表示が出る。段々とその数字はすぐに減っていき、一になると扉は開き、乗り込む。
 扉のすぐ横にある行き先階ボタンの一番大きな数字を探す。
 「四十五、四十六、四十七、四十八、四十九……五十!?」
 まさかこれほど大きいとは。
 ここが一番大きいとはいえこれに似たビルを他にも何棟も建てるほどの力がここの最上階の人にはあるということだろうか。
 わたしは唾をのみ、五十と書かれたボタンを押した。すると扉は閉じて動き出し、表示板の数字はどんどん増えていく。
 一度落ち着いて整理しよう。
 上山空将が殺され、わたしがこうして生きているのはなんでだろう。
 白髪の青年はわたしのことを見知っているようだったし、わたしのことを重要実験体と言っていた。そういえば伯祖父も私に似たようなことを言っていたような気がする。確か、研究成果だっけ? 実験と研究。それら二つが意味するのは……。
 「全然わからない……」
 でも白髪の青年が別れ際言っていたことからここのビルは研究所の可能性が高い。
 そして伯祖父の言うことが正しければ私は研究成果。でも何を研究していたのかがわからない。
 考えているうちに表示板の数字は四十を超え、間もなくして最上階の五十階に到着した。
 扉が開くとエントランスのような白い道が奥まで続いている。その奥にその部屋はあった。
 「研究所長室……」
 扉は両開きになっていていかにもな雰囲気があった。
 わたしは深呼吸してポケットに入れていた御守りを強く握り、覚悟を決めて扉を開く。
 すると見覚えのある家具や配置のしてある部屋。まるで空将の部屋だった。
 「やっぱり侵入者というのはお前か。サクラ」
 ソファーで白衣を着偉そうにて座る男性をわたしは知らないが知っている。詳しくはそんな感じがしただけだけどその予想は的中した。
 「おじい?」
 「はは。お前に改めてそう言われるとなんか新鮮だなぁ。おい。そうだ一度死んだ伯祖父さんだ。まぁとりあえず座ったらどうだ? お前の知りたいこと全て話してやるからよ」
男性はそう言って薄ら笑いをした。