「紺野先輩! この本ってどこにしまえば⁉」
「あぁ~、それはここにしまえばいいんだ。この本屋さん、本の並べ方独特だよね」
「うるさいな~。個人経営の本屋なんてそんなもんだよ。そもそもこんな本屋で働いてるお前らも変人だからな~」

 職場の後輩の神楽はやては、みくるに少し性格が似ている。見た目はみくると違って子犬っぽい。覚えがはやくて俺は先輩として教えることは本の配置ぐらいだ。とても優秀で優しい後輩だと思う。
 そして俺らを見てニヤリと笑うおじさんは、この書店の店長兼経営者だ。性格は何となく春哉に似てるだろうか。
 そんな友人たちに似た二人がいる職場は、俺自身も過ごしやすくていい。
 同時に初めてステージ上で自分の曲を歌った、高校生最後の桜フェスが懐かしい。最後となったのは三年生の時は受験真っただ中だったから。俺はというと、ギリギリまで悩み、進学校に通ってたのにもかかわらず大学に行くことをやめた。音楽を作ることに集中するためだ。自由度が高いこの書店に就職できたのはすごくラッキーだったし、個人経営にしては給料もよく、その点店長は太っ腹だ。
 そしてこの書店に就職してから、五年ほど経とうとしている。実はこの間に大学受験をして一応卒業もした。就職してから最初の一年はこの仕事だけをやっていたが、店長の勧めで受験した。正直言うと店長には頭が上がらない。大学での経験はとても貴重だった。そして絶対に本人に言うと調子乗るから言わないが、尊敬している。
 母は相変わらずハンドメイド一筋で、弟子も何人かできたらしい。もう少しで六十代だが、それを感じさせないエネルギッシュさだ。
 みくるはまさかの編集者になっていた。俺の影響で本を読むようになっていたみくるだが、今では俺以上に本好きで編集者という仕事は天職らしい。
 春哉はデザイン会社で働いている。忙しすぎて大変だとたまに俺に電話が来るが、それでも好きなことがやれてる分恵まれていると言っていた。
 あおいさんは今も引っ張りだこのアーティストだ。顔がテレビ映えするのもあり、たまにバラエティ番組にも出ている。五年たっても愛される三十代のイケメンアーティストとして人気がある。今でもたまに二人で歌った曲を出したりもしている。
三人とも忙しいからなかなか会うことができないが、桜フェスには毎年絶対に出ている。桜フェスではみくるが作詞、春哉がスクリーンに映すイラストと動画、あおいさんが作曲して俺がアレンジした曲を、つまり四人で作り上げた曲を俺とあおいさんが歌うのが恒例となった。そんな状況が不思議に思うし、嬉しくも思う。
 俺はというと家を出て「音楽の街」で一人暮らし。この書店で働きながら音楽を作り続けている。ここ数年でだいぶ人気が出てきたのが嬉しい。少し前に小さな会場だがワンマンライブもやらせて頂いた。もうすぐでファーストフルアルバムも出せることになっている。
ただ、音楽を作ると決めたあの日から七年は経っているけれど、いまだにあおいさんは越せない。引っ張りだこというわけでもないし、オリジナル曲を出しても百万再生を超えることなんてまれだ。音楽だけで食べていくことができるのはまだ先の先。それが悔しくもあるが、なんとか諦めないでやれている。
そんな俺をずっとライバルだと言ってくれているあおいさんのことを、俺は絶対に追い抜くなんて思ってるのは、たぶん相当図々しいし偉そうだろう。
それでもあの日二人で歌った『過去の音楽』と『僕らの青い音』とあの時見た会場の景色は一生誇れるものだし、俺もあおいさんをライバルだと思い続けている。

「紺野~そろそろ雨やみそうだし、外に旗立てといてくれ~」
「はーい、わかりました」

 店長の言葉に回想をやめ、旗を持って外に出る。
 春にしては雨が多くて、桜もすでにほとんど花を散らしていた。
 雨上がりの虹を期待したが、外に出ても虹は見当たらなかった。
 だけど、灰色の雲の間から目を刺す鋭い光が差し込んでいる。そこから青空が少しずつ姿を見せた。あおいさんはいつも、この雨上がりに刺す太陽の光のような瞳をしていた。
「名前の無い曲」として出会った『僕らの青い音』。
 この曲に出会えたこと。母さんが信じ続けてくれたこと。春哉とみくるが笑顔で送り出してくれたこと。あおいさんに出会って、あおいさんの言葉で決心ができたこと。
 奇跡なんて言葉でまとめるにはもったいなさすぎる、それ以上の最高の「なにか」に俺はずっと感謝してるし、支えられている。
 旗を立て終わり、うーんと背伸びした。ふいにスマホが震える。
 それは、俺がつい昨日出した曲へのコメントだった。

『初めまして。晴翔さんのこの【空っぽの青】という曲、とても素敵でした。きっとたくさんの人に見てもらえるような曲になる気がします。これからも応援しています! 高校一年生の男子より』

 コメントを見て、俺はふわりと笑った。あの最後の桜フェス以来、素直に笑えることが多くなった気がする。
 あおいさんと話すまで、雲ひとつ無い青空が、あの綺麗すぎる青空が、自分の汚い心とは反対に感じられて嫌いだった。
でも、いつのまにか虹がかかっていたり、雲がたくさん浮かぶその空を、俺は綺麗だと思うようになった。
 桜の花びらが太陽の光を透かして、俺の周りを静かに舞って落ちていく。さっきまで空を覆っていた灰色の雲たちが、ほとんど消えていた。
 空っぽで、でも恐ろしいくらい青く綺麗で、雲ひとつ無い快晴。
 そんな空が俺は大好きだ。