「びっくりした。晴翔めちゃくちゃ笑って拍手してるから!」
「俺とみくる、もう目がまん丸! まぁ、晴翔が去年より楽しめてるみたいでよかったけどさ」
みくると春哉が俺の頭をワシワシ豪快になでる。二人とも俺より背が高いから、俺はされるがままだ。
「おい、お前ら、髪ぐちゃぐちゃになるだろ! ……じゃあ、行ってくる」
ふぅと息を吸って、静かに吐く。二人は俺の肩を軽くたたいて、笑ってくれた。
高校に入ってからの付き合いだけど、この二人にはたくさん助けられてきた。この二人が俺にくれた勇気を、今ここで出し切らなきゃいけない。二人とも、俺の気持ちに気付いてくれて本当にありがとう。あおいさんのことでたくさん協力してくれて嬉しかった。
ステージ裏の公園に行くと、ブランコに一人の男性が座っていた。
心臓が止まりそうなぐらい緊張する。速足であおいさんのところまで行き、覚悟を決めて目線を合わせた。
何回か会ったのに、話すのは初めてだ。
「初めまして。紺野晴翔です。先日は地下鉄内で失礼な態度をしてしまい、すみませんでした。他にもいろいろご迷惑を……」
地下鉄のことも、一年前のコメントのことも、桜フェスで途中で抜けたことも。どうか伝わるようにと、必死に言葉を紡いで声に出す。
「あのコメント、やっぱり君だったんだ」
あおいさんは怒っていなかった。それどころか柔らかい表情で、困ったように笑っていた。
どうして俺だと。そう聞く前にあおいさんはこう言った。
「みくるから、晴翔くんのことよく聞いてたんだ。僕とみくるはいとこ同士ってのは知ってるよね?」
俺は静かにうなずいた。
あおいさんはそれを確認すると、言葉を続ける。
「実は僕の両親は早くに亡くなっていて。それでみくるの家に俺も住んでるんだ。だから、みくるからはよく晴翔くんや春哉くんの話を聞いてて。晴翔くんが音楽が好きで、僕の音楽を知ってることも聞いてた。あの時地下鉄で声をかけたのも、みくるから写真を見せてもらっていて、君を見かけてすぐわかったからなんだ。驚かせてごめんね」
あおいさんは話を区切ると、俺に隣のブランコを勧めてくれた。遠慮しながらも、俺は隣に座る。
「ふふっ。こうやって男二人で座ってると、なんか青春してるみたいでいいね~。晴翔くんたちは青春真っ只中だけどさ~」
人懐っこく笑うあおいさんはふと真面目な顔になった。
「あのコメントが来た時、僕メチャクチャ嬉しくて。急いでみくるに見せに行ったの。そしたら、このアカウント晴翔くんのじゃないかってみくるが言って」
「え……あぁ~そういえばみくるに一回だけ見せたことあります。あのコメント、みくるには見られてたのかぁ……」
一気に恥ずかしさで顔がほてるのを感じた。でも、それと同時にみくるが気づいてないふりをして誰にも言わずに秘密にしてくれてたことに感謝した。
「あの後、君のコメントについて僕は必死に考えた。君なら気付いたかもしれないけど、『夢の音楽』の冒頭の歌詞は、あの時の晴翔くんと僕の会話なんだけど、その後の歌詞は僕が体験したことや感じたことがもとになってるんだ。楽しいことや嬉しいこと以上に、実際は辛いことの方が多い道だからね。音楽に限った話ではないんだけど。僕の場合は音楽でその苦しみをたくさん味わった」
俺は静かにあおいさんの言葉に耳をかたむける。今思えばあのコメントは本気で覚悟があったといえど、苦しみを味わっていた人からしたら少し気の早い、軽率な言葉にもとれたはずだ。
「必死だったんだ。あの時君がどんな気持ちで送ってくれたのかわからなかったから。だから、もう一度考えてみてほしくて、結果あんな言い方しかできなかった。きつい言葉だったよね。ごめん」
俺よりも傷ついた顔でそう話すあおいさんを見て、俺はしっかりと首を横に振った。あおいさんが悪いことは一つもないのだ。
「俺は、あの時あおいさんからあの返信をもらって、正直打ちのめされました。しばらく音楽も聞けなかったです。だから去年の桜フェスの時もあおいさんの歌声がどうしても苦しかった。だから逃げました」
俺はそう言いながらスマホを取り出し、あのたった一曲の音楽を探す。
「でも、母やみくるや春哉——そして今日、あおいさんの『夢の音楽』を初めて聴き終えて、あおいさんと今話してみて俺は決めました」
あおいさんに俺のスマホをイヤホンごとわたす。
「なんとでも言ってください。きっと俺はまだまだ未熟で軽率で、前しか見てなくて自己中で。そして死ぬほど頑固で夢見がちなんですよ。あおいさんの言葉もしっかり受け取ったうえでの俺の決断です。俺はあおいさんのライバルになって、いつか超えます! 俺は音楽の道に進みます!」
誰に何と言われようと、何度心がくじけようと。あの時の小説の一文がよみがえってくる。『逃げても、もう一度戻ってきて、もう一度前を向けばいいじゃん!』。そんなかっこよくて綺麗ごとっぽくて。でも最高に勇気をくれる言葉に今はなった。
あおいさんがスマホの再生ボタンを押した。瞬間彼は目を見開く。俺には今その音は聞こえていない。あおいさんの表情だけで音楽を感じる。
長くも短い一分間。俺だけじゃできなかったけど、俺がいなければできなかったと言ってもいいだろうか。
やがてあおいさんがイヤホンを外した。
「これは、僕も頑張らないと抜かされちゃうなぁ」
彼は笑っていた。ステージ上に立つときと同じ爽やかな笑顔で、目のふちに涙をためながら。
「晴翔くん、ライバルになる前にお願いをしてもいいかな」
あおいさんは俺に耳打ちをした。次は俺が目を見開く番だった。
この言葉が俺の人生の初めてのターニングポイントだったと思う。
まだ咲いてるはずもない桜の花が、俺の横をかすめて行った気がした。
「俺とみくる、もう目がまん丸! まぁ、晴翔が去年より楽しめてるみたいでよかったけどさ」
みくると春哉が俺の頭をワシワシ豪快になでる。二人とも俺より背が高いから、俺はされるがままだ。
「おい、お前ら、髪ぐちゃぐちゃになるだろ! ……じゃあ、行ってくる」
ふぅと息を吸って、静かに吐く。二人は俺の肩を軽くたたいて、笑ってくれた。
高校に入ってからの付き合いだけど、この二人にはたくさん助けられてきた。この二人が俺にくれた勇気を、今ここで出し切らなきゃいけない。二人とも、俺の気持ちに気付いてくれて本当にありがとう。あおいさんのことでたくさん協力してくれて嬉しかった。
ステージ裏の公園に行くと、ブランコに一人の男性が座っていた。
心臓が止まりそうなぐらい緊張する。速足であおいさんのところまで行き、覚悟を決めて目線を合わせた。
何回か会ったのに、話すのは初めてだ。
「初めまして。紺野晴翔です。先日は地下鉄内で失礼な態度をしてしまい、すみませんでした。他にもいろいろご迷惑を……」
地下鉄のことも、一年前のコメントのことも、桜フェスで途中で抜けたことも。どうか伝わるようにと、必死に言葉を紡いで声に出す。
「あのコメント、やっぱり君だったんだ」
あおいさんは怒っていなかった。それどころか柔らかい表情で、困ったように笑っていた。
どうして俺だと。そう聞く前にあおいさんはこう言った。
「みくるから、晴翔くんのことよく聞いてたんだ。僕とみくるはいとこ同士ってのは知ってるよね?」
俺は静かにうなずいた。
あおいさんはそれを確認すると、言葉を続ける。
「実は僕の両親は早くに亡くなっていて。それでみくるの家に俺も住んでるんだ。だから、みくるからはよく晴翔くんや春哉くんの話を聞いてて。晴翔くんが音楽が好きで、僕の音楽を知ってることも聞いてた。あの時地下鉄で声をかけたのも、みくるから写真を見せてもらっていて、君を見かけてすぐわかったからなんだ。驚かせてごめんね」
あおいさんは話を区切ると、俺に隣のブランコを勧めてくれた。遠慮しながらも、俺は隣に座る。
「ふふっ。こうやって男二人で座ってると、なんか青春してるみたいでいいね~。晴翔くんたちは青春真っ只中だけどさ~」
人懐っこく笑うあおいさんはふと真面目な顔になった。
「あのコメントが来た時、僕メチャクチャ嬉しくて。急いでみくるに見せに行ったの。そしたら、このアカウント晴翔くんのじゃないかってみくるが言って」
「え……あぁ~そういえばみくるに一回だけ見せたことあります。あのコメント、みくるには見られてたのかぁ……」
一気に恥ずかしさで顔がほてるのを感じた。でも、それと同時にみくるが気づいてないふりをして誰にも言わずに秘密にしてくれてたことに感謝した。
「あの後、君のコメントについて僕は必死に考えた。君なら気付いたかもしれないけど、『夢の音楽』の冒頭の歌詞は、あの時の晴翔くんと僕の会話なんだけど、その後の歌詞は僕が体験したことや感じたことがもとになってるんだ。楽しいことや嬉しいこと以上に、実際は辛いことの方が多い道だからね。音楽に限った話ではないんだけど。僕の場合は音楽でその苦しみをたくさん味わった」
俺は静かにあおいさんの言葉に耳をかたむける。今思えばあのコメントは本気で覚悟があったといえど、苦しみを味わっていた人からしたら少し気の早い、軽率な言葉にもとれたはずだ。
「必死だったんだ。あの時君がどんな気持ちで送ってくれたのかわからなかったから。だから、もう一度考えてみてほしくて、結果あんな言い方しかできなかった。きつい言葉だったよね。ごめん」
俺よりも傷ついた顔でそう話すあおいさんを見て、俺はしっかりと首を横に振った。あおいさんが悪いことは一つもないのだ。
「俺は、あの時あおいさんからあの返信をもらって、正直打ちのめされました。しばらく音楽も聞けなかったです。だから去年の桜フェスの時もあおいさんの歌声がどうしても苦しかった。だから逃げました」
俺はそう言いながらスマホを取り出し、あのたった一曲の音楽を探す。
「でも、母やみくるや春哉——そして今日、あおいさんの『夢の音楽』を初めて聴き終えて、あおいさんと今話してみて俺は決めました」
あおいさんに俺のスマホをイヤホンごとわたす。
「なんとでも言ってください。きっと俺はまだまだ未熟で軽率で、前しか見てなくて自己中で。そして死ぬほど頑固で夢見がちなんですよ。あおいさんの言葉もしっかり受け取ったうえでの俺の決断です。俺はあおいさんのライバルになって、いつか超えます! 俺は音楽の道に進みます!」
誰に何と言われようと、何度心がくじけようと。あの時の小説の一文がよみがえってくる。『逃げても、もう一度戻ってきて、もう一度前を向けばいいじゃん!』。そんなかっこよくて綺麗ごとっぽくて。でも最高に勇気をくれる言葉に今はなった。
あおいさんがスマホの再生ボタンを押した。瞬間彼は目を見開く。俺には今その音は聞こえていない。あおいさんの表情だけで音楽を感じる。
長くも短い一分間。俺だけじゃできなかったけど、俺がいなければできなかったと言ってもいいだろうか。
やがてあおいさんがイヤホンを外した。
「これは、僕も頑張らないと抜かされちゃうなぁ」
彼は笑っていた。ステージ上に立つときと同じ爽やかな笑顔で、目のふちに涙をためながら。
「晴翔くん、ライバルになる前にお願いをしてもいいかな」
あおいさんは俺に耳打ちをした。次は俺が目を見開く番だった。
この言葉が俺の人生の初めてのターニングポイントだったと思う。
まだ咲いてるはずもない桜の花が、俺の横をかすめて行った気がした。