桜フェス当日。昨年のあおいさんの効果があったのか、今年は溢れんばかりに人が来ていた。県外から来てる人も大勢いるようだ。まだ雪と寒さが残っているが、それを吹き飛ばすぐらいの熱気があった。
「みくるは今年は彼女さんいいのか?」
俺は隣で焼きそばをほおばっているみくるに声をかけた。
みくるの彼女さんとは一度会わせてもらったことがある。俺らとは違う高校の方で、みくるが美人系の性格子犬なら、彼女さんは可愛い系の性格うさぎだ。とてもほわほわした優しい方だった。
「美咲は今日はお姉さんと回るらしい。明日二人でまわる約束した!」
そう言って幸せそうにのろけるみくるを見て、ホッとする。
「そうそう! 今年から二日間になって、みくると晴翔と回れるし~!」
春哉は片手にりんご飴、片手にチョコバナナを持って屋台を満喫しながら声をかけてくる。いつも思うがこいつの胃袋はどうなってるんだ。たぶんこいつのお小遣いはほとんどが食べ物へと消えているだろう。
みくるはふとこっちを向いて、
「そいえばさ、晴翔メッセージくれたじゃん。あおい兄さんに会いたいんだよな? 今日のライブの後だったら時間あるから、ステージ裏の公園で待ってるって」
「わかった。あおいさんと二人で話してみたいから、二人で三十分くらい回っててくれないかな?」
「「了解~」」
春哉とみくるが二人そろって、ピースサイン。
「まぁ、とりあえず早めに席取ろうぜ! ほら、みくるははやく焼きそば食べて! 晴翔は先に行って席を取る!」
春哉は俺の背中をポンと押して、そしてこう叫んだ。
「今日はきっと大事な日なんだろ! 一番いい席で一番いい音楽聴いて、しっかりと勉強させてもらえ!」
走りながら振り返ると、みくるも春哉も真剣な瞳で俺を見ていた。
みくるが嘘つくの下手って、俺が言えたことじゃないな。バレてたのか、二人には。音楽を作りたいっていう俺の気持ち。
さっさといい席取って、あおいさんの音楽を聴こう。
三人分一番前のど真ん中を取った。すぐに二人が追い付いて、三人で席に着いて息を落ち着かせる。後ろの人の邪魔にならないように、荷物を全部下に置いた。
あと一分、三十秒、十秒。暗かったステージ上が、ライトで照らされた。
オープニングを飾るピアノの音が鳴り響く。
「皆さん、こんにちは! 倉野あおいです! 今日から二日間、みんなで盛り上げていきましょう!」
あの時と同じ。そしてこの間の地下鉄で会った時と同じ。あの瞳が、以前より強く俺を射止めた気がした。まるで「聴いて」と聞こえてきそうな瞳。
そして流れ出したのは、あの時最後まで聴けなかった、聴かなかったあの曲。
「それでは聴いてください——『夢の音楽』」
その曲はやっぱり俺とあおいさんのあの会話だ。夢を語った男の子が否定され打ちのめされる歌詞。まるであの時の俺を知ってるかのような、繊細に男の子の感情が描かれた歌詞だ——そう思ってたけど。
続く歌詞を聴いて思った。違う、と。
確かに最初の男の子と一人の男性の会話は、たぶんあの時の会話だ。でもその後の歌詞はあおいさん自身の気持ちだ。夢破れて、叶えたくて必死に頑張っても、努力は実を結ばなくて。認めてくれる人がいる反面、悪意を持つ人も出てきて。
感じた本人にしか書けない嬉しさ、楽しさ、喜びが。でも俺たちにはわからない、多くの苦しさ、悲しさ、悔しさが描かれていた。
うわ、恥ずかし、俺。自分のことだと思って、勝手に音楽にされてバカにされたと思って。あおいさん本人から聞くまでもねぇじゃん。
あの時の返信の「やめたほうがいい」っていうのは、あおいさんが本気で思って返してくれた言葉だった。
ゼロからイチを作り出す世界は、この「音楽の世界」は、棘の道よりも厳しい。それ以上に、言葉では簡単に表せない苦しさが必ず待っている。その道に進むという決断をするには、計り知れない数の覚悟とたくさんの気力がいる。
曲が二番に入る。だんだんアップテンポになって、それに合わせて拍手が広がっていく。動画もあの後あげたのだろう。後ろのスクリーンにはあおいさんが描いて作ったのであろうミュージックビデオの朝焼けと青年が映っていた。
『夢を見るだけでは終われない。叶えてもそこがゴールじゃない。空にいつか届くなんて言葉は夢見がち? だけど僕は空に届くように、たくさんの人に響くように、永久(とわ)に声を、音を——。この音楽を求めてる人全てに、届きますようにと願い続けて、戦い続けるんだ』
あおいさんの声が、前とは違う青空の下で広く響きわたった。
涙が流れそうになるのをこらえて、でもこらえきれずに一粒流れて。そして俺は最高の笑顔で拍手を送った。
「みくるは今年は彼女さんいいのか?」
俺は隣で焼きそばをほおばっているみくるに声をかけた。
みくるの彼女さんとは一度会わせてもらったことがある。俺らとは違う高校の方で、みくるが美人系の性格子犬なら、彼女さんは可愛い系の性格うさぎだ。とてもほわほわした優しい方だった。
「美咲は今日はお姉さんと回るらしい。明日二人でまわる約束した!」
そう言って幸せそうにのろけるみくるを見て、ホッとする。
「そうそう! 今年から二日間になって、みくると晴翔と回れるし~!」
春哉は片手にりんご飴、片手にチョコバナナを持って屋台を満喫しながら声をかけてくる。いつも思うがこいつの胃袋はどうなってるんだ。たぶんこいつのお小遣いはほとんどが食べ物へと消えているだろう。
みくるはふとこっちを向いて、
「そいえばさ、晴翔メッセージくれたじゃん。あおい兄さんに会いたいんだよな? 今日のライブの後だったら時間あるから、ステージ裏の公園で待ってるって」
「わかった。あおいさんと二人で話してみたいから、二人で三十分くらい回っててくれないかな?」
「「了解~」」
春哉とみくるが二人そろって、ピースサイン。
「まぁ、とりあえず早めに席取ろうぜ! ほら、みくるははやく焼きそば食べて! 晴翔は先に行って席を取る!」
春哉は俺の背中をポンと押して、そしてこう叫んだ。
「今日はきっと大事な日なんだろ! 一番いい席で一番いい音楽聴いて、しっかりと勉強させてもらえ!」
走りながら振り返ると、みくるも春哉も真剣な瞳で俺を見ていた。
みくるが嘘つくの下手って、俺が言えたことじゃないな。バレてたのか、二人には。音楽を作りたいっていう俺の気持ち。
さっさといい席取って、あおいさんの音楽を聴こう。
三人分一番前のど真ん中を取った。すぐに二人が追い付いて、三人で席に着いて息を落ち着かせる。後ろの人の邪魔にならないように、荷物を全部下に置いた。
あと一分、三十秒、十秒。暗かったステージ上が、ライトで照らされた。
オープニングを飾るピアノの音が鳴り響く。
「皆さん、こんにちは! 倉野あおいです! 今日から二日間、みんなで盛り上げていきましょう!」
あの時と同じ。そしてこの間の地下鉄で会った時と同じ。あの瞳が、以前より強く俺を射止めた気がした。まるで「聴いて」と聞こえてきそうな瞳。
そして流れ出したのは、あの時最後まで聴けなかった、聴かなかったあの曲。
「それでは聴いてください——『夢の音楽』」
その曲はやっぱり俺とあおいさんのあの会話だ。夢を語った男の子が否定され打ちのめされる歌詞。まるであの時の俺を知ってるかのような、繊細に男の子の感情が描かれた歌詞だ——そう思ってたけど。
続く歌詞を聴いて思った。違う、と。
確かに最初の男の子と一人の男性の会話は、たぶんあの時の会話だ。でもその後の歌詞はあおいさん自身の気持ちだ。夢破れて、叶えたくて必死に頑張っても、努力は実を結ばなくて。認めてくれる人がいる反面、悪意を持つ人も出てきて。
感じた本人にしか書けない嬉しさ、楽しさ、喜びが。でも俺たちにはわからない、多くの苦しさ、悲しさ、悔しさが描かれていた。
うわ、恥ずかし、俺。自分のことだと思って、勝手に音楽にされてバカにされたと思って。あおいさん本人から聞くまでもねぇじゃん。
あの時の返信の「やめたほうがいい」っていうのは、あおいさんが本気で思って返してくれた言葉だった。
ゼロからイチを作り出す世界は、この「音楽の世界」は、棘の道よりも厳しい。それ以上に、言葉では簡単に表せない苦しさが必ず待っている。その道に進むという決断をするには、計り知れない数の覚悟とたくさんの気力がいる。
曲が二番に入る。だんだんアップテンポになって、それに合わせて拍手が広がっていく。動画もあの後あげたのだろう。後ろのスクリーンにはあおいさんが描いて作ったのであろうミュージックビデオの朝焼けと青年が映っていた。
『夢を見るだけでは終われない。叶えてもそこがゴールじゃない。空にいつか届くなんて言葉は夢見がち? だけど僕は空に届くように、たくさんの人に響くように、永久(とわ)に声を、音を——。この音楽を求めてる人全てに、届きますようにと願い続けて、戦い続けるんだ』
あおいさんの声が、前とは違う青空の下で広く響きわたった。
涙が流れそうになるのをこらえて、でもこらえきれずに一粒流れて。そして俺は最高の笑顔で拍手を送った。