「すぐに……」

 本当は『すぐに戻ります』と言いたかったのに、言葉の途中で書棚の奥へ向かう。
 星弥がよく読んでいた本を取り出した。
 ずっしりと重い本を両手に抱えカウンターに戻ると、紙コップにお茶が用意されていた。

「失礼します。あの……」

 本を抱えたまま椅子に座る私に、
「皆川星弥くんの話、ですね」
 樹さんは懐かしむように目を細めた。

「……はい」

 自分から星弥の話をすれば、あの頃の悲しみに襲われまた自分を見失ってしまう。
 ずっとそう思っていた。
 でも、あの夢の謎を解くために必要なら、恐れている場合じゃない。

 カウンターに本を置いた。
 明るい照明の下では、宇宙空間のイラストもどこか違って見えた。

「星弥が教えてくれました。『流星群は、奇跡を運んでくるだよ』って。樹さんも『信じる人にだけしか、奇跡は訪れません』って……。それって、過去の夢を見るってことなのですか?」
「夢?」

 不思議そうに尋ねる樹さんに「あの」と視線を膝の上に置いた。

「こんな話、おかしいって思うんですけど……。夢を見るんです。星弥と出会ったころに始まって、今は二年前の夏ごろの夢で……」

 話すそばからヘンなことを口にしている自覚はあった。
 それでも誰かに聞いてもらいたかった。

「夢のなかで、私は今の私で、周りはみんなあの頃のまま。まるでビデオみたいに、昔のことを再体験しているんです。すごくリアルで、でも夢のなかで私は『これは夢だ』ってわかってて、だけど星弥は生きていて……」

 涙がピントをぼやけさせ、あっという間に頬にこぼれていく。
 星弥がいなくなり泣き続けた。もう一生分の涙が出尽くしたと思っていた。

「でも」と鼻を啜り続ける。

「先週見た夢は違ったんです。自分の意志で会話もできたし、実際には起きなかったことが起きたりしました。それにおばさんが……」

 おばさんは最後、私に『星弥は亡くなった』と言った。
 それまで三人で話をしていたのに、どうしてあんなことを言ったのだろう。
 ううん、目覚める直前だったから私が寝ぼけていたのかもしれない。

「とにかく不思議な夢なんです」

 ハンカチで涙を拭い、樹さんを見る。

 が、その表情は私が期待していたものとは違った。