濡れた制服をハンカチで拭きながら図書館に入ると、雨の音は聞こえなくなった。
 照明がまぶしくて思わず目を伏せてしまう。

「こんにちは」

 貸出カウンターに座る樹さんが挨拶をしてきたので、頭を下げる。

「あ、こんにちは」
「雨ばかりですね」

 樹さんはかけていたメガネを外すと、書棚をぐるりと見渡した。

「本に湿気は大敵ですから、この時期は除湿器を総動員させています」
「ああ、たしかにそうですね」
「今日は、学校は?」
「……このあと行きます」

 ほう、とうなずいて樹さんは目の前にあるパソコン画面に視線を戻した。
 今日ここに来たのは、樹さんに会うのが目的だった。
 なのに、いざ目の前にするとなにも言葉が出てこない。

 でも、聞かなくちゃ……。

 カタカタとキーボードを打つ音がする。

「前は平気だったのに、今ではメガネをかけないと文字がゆがんでしまって……。まるで文字のお化けみたいです」
「あ、あの……」
「照明が明るくなったせいだと思っているんですけど、言いがかりでしょうかね」
「あ、あの!」

 思ったよりも大きな声が出てしまった。

「すみません」と謝りながら、勇気を振り絞りカウンターの前へ足を進ませた。

「今日は話を聞いてほしくて来ました」
「私に?」

 目を丸くしたあと、樹さんは口角をあげてほほ笑んだ。

「私にわかることでしたらなんでも。まだほかのお客さんもいませんし」

 誰かにあの夢の話を聞いてほしかった。
 麻衣に星弥のことは言っていないし、松本さんにも同じ。
 空翔に話せば、余計に心配させてしまうだろう。