あいかわらず長い髪は、照明の下でシルバーに染めていることがわかった。まるで海外ドラマに出てきそう。

「なんだか別の場所に来たみたいです」
「私も毎日そう思っています。でも、来館者はたしかに増えてはいますけどね……。月穂さんが最後に来たのは一年ほど前ですね」
「……はい」

 覚えていてくれたなんてうれしくて、悲しい。
 話題はきっと星弥のことになる。

「あの」と言いかけた私に、樹さんはなぜか首を横に振った。
 無理しなくていい、と言っているように思え口をつぐんだ。

「お元気でしたか?」
「はい。……いえ、そこまでじゃないです」

 本心がぽろり。これも夢の影響なのかな……。
 樹さんは「ん」と短く言ってから宙を見あげた。
 少しの時間の沈黙の向こうで雨の音が聞こえている。

 やがて、樹さんは静かに息を吐いた。

「昔から思っていることがあるんです。幸せの数と不幸せの数は、人によって違う、と」

 樹さんは肩をすくめてから続ける。

「人は、不幸のどん底にいる人をなぐさめたくて、『ここからはのぼるだけ』とか『雨の日は続かない』と言いがちです。でも、どん底よりもさらに深い底があるかもしれないし、雨のあと台風が来ることだってあると思うんです。幸せな人生を最後まで送る人もいるし、不幸せなまま逝く人もいる。それが人間だと思っています」

 お腹のなかから熱いものが込みあがってくる。