校門を出ると坂を下り、普段はバス停のある左側へ向かう。
 けれど、今日はそのまま右の道を選んだ。
 整備された道の左奥に小さな図書館が見えてくる。
 雨に濡れているせいか、最後に見た記憶よりもさみしげに建っている。

 もう閉館時間は過ぎているから誰もいないはず。
 そう思っていたのに、入口には『開館中』の札が出ていた。

「ああ」

 思わずこぼれた声に、また胸が痛くなる。
 私はどうして来てしまったのだろう。
 昨日の夢と松本さんの言葉に導かれたなんて、どうかしている。
 けれど意思とは反対に、扉を引いてなかに入っていた。

 館内は以前に比べずいぶん明るくなっていた。
 薄暗いなか、夜の森のように並んでいた本棚も、今は白いLEDに照らされてその姿を誇示している。
 吹き抜けの二階部分もひとつひとつの机がはっきり見えるほどに。

「こんにちは」

 本棚の間から顔を出した樹さんが私に言った。
 頭を下げるより前に、樹さんは「お久しぶりですね」と続けた。

「覚えてくださっていたんですか?」

 驚くとともに、無理して明るく演じていることに違和感を覚えた。

「もちろんですよ」

 樹さんは、明るい照明の下でほほ笑んでから顔をしかめた。

「ここ、ずいぶん明るくなったでしょう? 市からの指導で照明を変えさせられたんですよ。あの雰囲気だからよかったのにイヤになりますよ」