「白山さんがそうだとは言わないけれど、もしもそうなら、誰かに話をしてみたらどうかな。もちろん、苦手な私にじゃなく友達と呼べる人に」
「……うん」

 必死に絞り出した言葉は、たったふた文字だけ。

「あの頃の兄にすごく似てる。そう思ったの、違ったらごめんなさい」

 首を横に振り、そして縦に振った。
 やっぱりどんな反応が正しいのかわからない。

「話は以上。ありがとう」

 立ちあがった松本さんの顔から笑みは消えていた。
 最後までなにも言えず、廊下に出た私の前でドアは閉じられた。
 頭のなかで、言われたことを何度も反芻する。

 松本さんは家庭の事情を私に話したかったんじゃない。
 私の隠している部分を見抜いている、と言いたかったんだ。
 空翔だけじゃなく、松本さんにまで見抜かれているなんて思ってもいなかった。

 誰かに話をすれば……そんなことできるわけがない。
 悲しい記憶は、話した人にも伝染してしまうから。

 それに、私が自分を保てているのは、自分のなかだけにとどめているからだ。
 もし話せば、とたんに私はこわれてしまうだろう。

 カウントダウンのタイマー音が、聞こえた気がした。