「だから、クラス委員になることも生徒会へ立候補するのも、親にとっては当たり前のことなの。『いい大学に推薦されるように』『内申点を高くするように』って、家ではその話題ばかり」

 こんな話なのに、松本さんの表情はこれまで見たどれよりも穏やかに見えた。

「兄はひとつ年上なんだけど、去年かな……親にすごい反抗しちゃって、せっかく進学校に入ったのに『大学は行かない宣言』したの。親がなにを言っても全然ダメ。親とも私とも必要最低限の会話しかしなくなったんだ」
「…………」
「ずるいよね、自分だけさっさと離脱しちゃうんだから。私はどうなるの!?って感じ」

 もう松本さんはほほ笑んでいた。
 初めて見る笑顔に、頭のなかがひどく混乱している。

「あ、あの……」
「わかってる。こんな話されても困るよね」
「ううん。そうじゃなくて……」

 なにか言わなくちゃ、と思うほど言葉が出てこなかった。

「苦しみを抱えて生きている人は、もうひとりの自分を必死で演じている。そうしないと、本当の自分がこわれてしまうから」

 こわれる、という言葉にチクリと胸が痛んだ。
 それはジワジワと広がり息を苦しくさせていく。

「うちの兄もそうだったんだと思う。親の期待に応えるようがんばり続けた結果、本当の自分とのギャップに気づいた。で、爆発。親は私への期待を再燃させ、今じゃ毎日学校であったことを報告させられてる。私の爆発のカウントダウンがはじまってることも、気づいてないんだろうね」

 松本さんは口角をあげたまま、まっすぐに私を見た。