夕飯が終わるとお父さんは、お母さんに作ってもらったハイボールを宝物のように抱え、リビングのソファに座る。
 そこからは家のなかをテレビの音が支配する。
 聞きたくもないニュースが一方的に耳に飛びこんできて不快だ。

 食べかけのハンバーグをあきらめ箸を置く。

「お父さん、もう少し音下げて」

 そう言ってからお母さんは、お代わりしたご飯の茶碗を手に前の席についた。
 『やせたい』と言ってる割に、行動は真逆のことをしている。
 元々『ぽっちゃり美人』と自分を表現していたけれど、最近はさらにふっくらしたように思える。

「そういえば今日ね、なつかしい人に会ったのよ」

 咀嚼の合間にお母さんはそう言った。
 え、と口のなかでつぶやく。
 胸が鼓動を速くしているのがわかった。
 まさか、星弥のおばさんに会ったのだろうか。

 ううん、大丈夫。
 彼の話をしたくないことは、お母さんがいちばんわかってくれているはずだから。

「誰と?」
「館長さん。えっと、名前は(いつき)さんだったっけ?」

 宙を見て目を細めるお母さんに、「ああ」とだけうなずく。
 樹さんは、高校の近くにある小さな図書館の館長さんだ。

 たしか、苗字は長谷川(はせがわ)さんだったはず。