――行かないで、私を置いて逝かないで。

 心が悲鳴をあげている。
 なにもかもあきらめたくなるほどの悲しみに包み込まれてしまいそう。

「ありがとう」

 隣に座ったおばさんの声が丸い。

「え……」

 あの日、おばさんは泣きじゃくっていた。
 こわれていく記憶のなか、おばさんは星弥に泣いてすがっていたはず。
 目が合うとおばさんは目じりの涙を拭った。

「今、私も夢を見ているの。星弥が亡くなった日の夢を」
「え……そうなんですか?」

 肩で息をするとおばさんは静かに目を閉じた。

「怖かった。星弥の夢を見るのが怖かった。でも、見なくても考えてしまうから。だったら、ちゃんと受け止めようって思えたの」

 おばさんは愛おしそうに星弥を見つめ、それから私へ視線を移した。

「この間、月穂ちゃんと空翔君がここに来たでしょう? あれは夢のなかだけのことでしょう?」
「はい」
「あのあと、星弥に言われたの。『夢を見てくれてありがとう』って。あの子、私たちのために、こんな夢を見せてくれてるのね」

 お腹のなかから一気になにかがあふれてくる感覚。
 すぐに温かい涙になって頬にこぼれた。
 でも、これは今までとは違う涙だ。

「星弥はすごいです。私、夢から醒めたら少しだけ変われる気がしてるんです」

 希望じゃなく決意の言葉がするりとこぼれた。
 おばさんは「そうね」とうなずいてから私の手を握ってくれた。

「私も、いつか……」

 おばさんは言葉の途中で口を結んだ。
 喉の奥に引っついたままの言葉が出る日を信じ、私も言う。

「一緒にがんばりましょう」

 がんばろう、がんばろう。がんばれ、がんばれ。
 
 言葉にすると陳腐で安いけれど、心で願う気持ちはきっとみんなに届くはず。
 きっと、周りのみんなも私を応援してくれていたんだね。

「あ、雨があがったわね」

 おばさんにつられ窓の外を見た。
 まばらな雲の間から光が射している。
 空の端っこに、まだたよりなく細い月が浮かんでいる。
 満ちては欠けをくり返すのは、月も私も同じなんだ。
 これからも、弱くなった日にはあなたを思うよ。

 だから、安心して未来で待っていてね、星弥。