「あそこの部屋」

 空翔の指がさす部屋からおばさんが出てくるのが見えた。
 おばさんは私たちに気づくと、軽く会釈をした。

「遠いところをありがとうね。今、星弥から聞いてびっくりしてたの」
「いえ、突然すみません」

 おばさんは記憶のそれよりもやつれていた。
 疲れた顔に、ムリして笑みを浮かべている感じだ。
 そう考えると、おばさんが夢を見ない選択をしたのは正解かもしれない。
 ずっとそばにいる分、悲しみはもっと深いだろうから。

「聞いていると思うけど、あの子、今の姿を見せたくないの。それだけは……」

 おばさんは部屋を気にするように声を潜めた。

「はい。必ず守ります」

 たとえ声だけでもいい。彼のそばにいたい。
 下で待つ、と言うおばさんを見送ると、空翔が固い顔のままドアを二回ノックした。
 もう一回分ノックを加える私に眉をひそめてくる。

「二回のノックはトイレ用。部屋に入る時は三回ね」
「細かすぎ」
「カーテン越しでも、その深刻そうな顔はバレちゃうよ」
「あ……」

 ふう、と息を吐くと空翔は勢いよくドアを開けた。

「星弥、来たぞ」

 いつも通りの元気な声。
 私もなかに入り、ドアを閉めた。
 広めの個室の真ん中に、ベッドを囲むように丸く、短めのカーテンが設置されている。
 カーテン越しに中の様子が確認できるようにか床から二十センチほどは隙間があって、ベッドの足や床頭台が見えている。
 奥には広い窓があり、高台にあるおかげで空がすぐ近くに見えた。

「星弥」

 名前を呼ぶと、クリーム色のカーテンの向こうで、布団のこすれる音がした。
 ベッドから起きあがったのか、ギイとベッドがきしむ音がして、カーテンの下の隙間から星弥の足先が見えた。

「わざわざ来てくれたんだね」
「俺もいるけど」
「わかってるよ」
 笑い声はあのころのまま。きっと星弥も待っていてくれたんだね。