図書館のドアを開けた瞬間、夢のなかに足を踏み入れたのかと思ってしまった。
 すぐに、照明がオレンジ色に戻っていることに気づく。
 暮れる間際の夕焼けのように、たよりない光がぽつぽつと書庫を浮きあがらせている。

 一か所だけ明るい光を放っているのはカウンターがある場所。
 カウンターの向こうに座る樹さんが、私を認めメガネを外した。
 今日は髪はしばっておらず、シルバーの髪がさらさらと流水のようにきらめいている。

「気づきましたか?」
「照明を元に戻したんですね。怒られないですか?」
「平気ですよ」

 光のなかで樹さんはいたずらっぽく笑った。

「自分のやりたいようにやることにしたんです。案外、私は頑固者でしてね。それにここって、実は個人経営の図書館なんです」
「個人経営?」

 てっきり公営の図書館だとばかり思っていた。

「祖父の個人書庫を公開したのがはじまりなんです。補助金をもらう兼ね合いで、市の監査や助言も大人しく聞いていましたが、もう我慢するのは止めることにしました。そのほうが、亡くなった祖父もよろこぶでしょう」

 澄ました顔の樹さんがどこまで本気かわからない。
 前の椅子を手のひらで示されたので腰をおろすと、樹さんはカウンターの上で両手の指をからませた。

「もうすぐ流星群がやってきますね」
「はい。でも天気が心配です」

 この照明くらい美しい夕暮れになればいいのに。
 夜になれば星が広がり、月がほのかに山頂を照らしてくれるはずだ。

 その日になにが起きるというのだろう。
 夢のなかの星弥を救える自信は、一グラムも残っていない。
 てるてるぼうず作りだって、きっと間に合わない。

「不思議な夢はまだ見るのですか?」
「ここ数日は見ていません」

 私を見つめたまま黙る樹さんに、少し迷ってから「きっと」と続けた。

「意識的に夢を見ないように拒否しちゃっている感じです。あの続きを見たくないんです」

 もし次に夢を見るなら、星弥が再入院してからのことだろう。
 最後はホスピスに転院し、『会えない』と言う星弥とはメッセージのやり取りだけだった。