またなにか言われるのかな……。
 もう今日は限界値をとっくに越えている。
 早く帰りたい。帰って、奇跡だけを信じたい。

「あの私……」
「すごいね」

 なぜか、松本さんは笑ってそう言った。

「え?」
「この間、『誰かに話してみたら?』って言ったこと、ちゃんとできてた。盗み聞きしたみたいで悪いんだけど、聞こえちゃって……。すごくびっくりしちゃった」

 小声で話したつもりだったのに、聞こえていたんだ……。

「ちゃんと話したいって思ったから……」

「すごいよ」とくり返してから、松本さんは悲しげに眉を下げた。

「うちの兄もそうだったらよかったのにな……」

 たしか、松本さんのお兄さんは、大学に行かない宣言をした、って言ってたよね。

「すごくないよ。全然すごくない。今だって逃げ出しちゃったし」
「そうかな。案外、他人からの評価が自分の評価になってしまうのかも。私はすごいって思ったよ。それに、深川さんも口は悪いけどきっと心配してるんだと思う」

 私じゃなく麻衣を心配している。
 そんなこと言えずはずもなく、一礼して歩き出す。

「がんばってね」

 松本さんの声を背に、階段をおりた。

 不思議と少しだけ、気持ちがラクになった気がしていた。