車が停まると、真っ先に星弥が降りて駆けて行く。

「こら、走らない。柵とかないんだから危ないよ!」

 溝口さんが窓から顔を出して怒鳴った。
 星弥は中央付近で立ち止まると、肺いっぱいに空気を吸い込むようにして両手を広げた。

 彼の周りには空の青だけがあり、まるで絵画のように見えた。

「ねえ」

 溝口さんが目線を星弥に向けたまま言う。

「星弥君だっけ? あの子が病気なの?」
「……はい」
「それってすごく悪いの?」

 答える前に視界が滲んだ。
 泣かない、って決めたはず。

「そうなんです」と、歯をくいしばり答える。
「そっか……」

 溝口さんがシートの背もたれを倒した。

「じゃあ、あんたが望む奇跡ってのは、彼の病気を治すことなんだね」
「奇跡は本当に起きるのでしょうか?」

 私がいくら夢の世界で過去を変えても、いなくなれば元に戻ってしまう。
 だったらずっと夢の住人のままでいいから、もう一度夢の最初からやり直したい。

「本に書いてあったろ? あたしたちは信じることしかできない。あの子、めっちゃ信じてそうだね。ほら、行ってやんなよ」
「あ……」

 寝転んでいる溝口さんを見ると、目を閉じてうなずいた。

「待ってるから。でも十分間だけね。遅番のおっさんが登場しちゃうからさ」
「ありがとうございます」

 外に出ると、さっきよりも空気が冷えていた。
 ところどころ雪が積もっていて、コートを着ていても寒さが這いあがってくる。
 星弥の姿がない、と思ったら、彼は枯草の上に倒れていた。

「星弥!」

 駆けつけると、星弥は空をぼんやり眺めていた。

「星弥……」
「あ、月穂。ほら、横になってみて」

 空に視線をやったまま星弥が言った。
 素直に横になると、あまりにも大きな空が視界いっぱいに広がっていた。