「三人乗りなの。あなたは前へ。ほかのスタッフが出勤してくる前に、早く」

 助手席に乗り込みシートベルトを締めると、車は音もなく走り出した。

「ありがとうございます」

 お礼を言う私に答えず、溝口さんはうしろで窮屈そうに体を縮めている星弥に「ねえ」と声をかけた。

「さっきの話だけど、あれって『宇宙物理学における月と星について』のことだよね?」
「そうそう。溝口さんも知ってるの?」

 運転席と助手席の間ににゅっと顔を入れた星弥がうれしそうに言った。

「敬語を使いなさい。これでもあたし、三十二歳なんだから」
「はい、すみません」
「質問に答えて。車だとあっという間に頂上に着くから」

 車はどんどん山道をかきわけるように登っていく。
 急な勾配が続き、歩かなくてよかったと思った。

「その本に書いてあったんです。流星群は奇跡を運んでくる、って。ネットで調べてもそのことについて書かれているものはなかったけど、俺、ウソじゃないって思えたんです。直感ですけど」

 小さい手でハンドルをさばきながら、溝口さんはバックミラーをチラッと見た。

「そう……」

 小さく咳払いをしたあと、溝口さんは前を見つめたまま言った。

「あたしも信じてる。信じてるからこそ、ここでおっさん連中にまみれて働いてる。でも、あの本のことを知ってる人には初めて会った」

 やっと私を見た溝口さんが「名前は白崎さんだっけ?」と尋ねた。

「白山です。白山月穂。うしろにいるのが―――」
「皆川星弥。あ、星弥です」

 言い直した星弥に、溝口さんがふっとほほ笑んだ。

「溝口。天文台の職員よ。二年後の大流星群の研究をしているの。といってもこれは個人で勝手に調べているだけ。ほかの職員は知らない。あいつら、マジうざいんだよね。狭い世界でいばってばっかりでさぁ。だから専門職って苦手なんだよ」

 怒りのままアクセルを踏んだのだろう、車のスピードがぐおんとあがった。
「きっとそのうちニュースでもやりだすよ。観光客が押し寄せたらどうしてくれるんだよ、まったく」

 急に道が開け、フロント越しに空が広がった。頂上についたみたい。
 教室くらいの広さの土地には枯草が敷き詰めるように生えている。
 ほかにはなにもなく、まるで空への入口みたいに思えた。