「違います。彼の……友達の体調が悪くって、病気なんです」
「だったら帰れば?」
「どうしても頂上に行きたいんです。お願いします」

 何度も頭を下げる私に、溝口さんはあきれ顔でおでこに手を当てた。

「ちょっと考えてみるから待っててね。うーん……はい、考えたけどムリ! ということで、さよなら」
 と、入口のドアを開けてなかに入ろうとする。

「待ってください。どうしても流星群の奇跡を起こしたいんです!」
 足音がしてふり向くと、星弥がそばまで来ていた。
「どうかした? 早く行こうよ」
「待って、あの……」

 もう一度女性を見ると、彼女はじっと見ていた。
 さっきとは雰囲気が違う。赤い口紅を塗った唇がゆっくりと開いた。

「今……流星群の奇跡って言ったの?」
「……はい」
「どうしてそのことを知ってるの? なにかで読んだ? どこで知ったの?」

 矢継ぎ早に質問してくる溝口さんに、タジタジになる。
 星弥がひょいと顔を出した。

「本で読んだんです。ツータスって人が書いた本。ひょっとしてお姉さん……溝口さんも知ってるんですか?」

 ひゅうと風が私たちを煽るように吹く。
 夢であることを忘れるくらい、冷たい風だった。

「ツータス・パンシュの本を読んだんだね?」

 静かで重い口調で答えると、しばらく迷ったようにドアを見やった。
 星弥と視線が合う。
 彼は笑みを浮かべたまま首を軽くひねっている。

「……ここで待ってて」

 そう言ったあと、溝口さんは今度こそドアの向こうへ消えた。

「今、なにを頼んでたの? 俺、ぜんぜん歩けるからふたりで行こうよ」
「うん。でも……」

 どうすればいいのだろう?
 現実世界では空翔とここに来ているはず。
 今からでも空翔に応援を頼もうか……。

「あれ?」

 星弥が指さすほうを見ると、小さな車が近づいてくる。
 軽自動車よりももっと小さい緑色の車だった。
 エンジンの音さえなく、すっと私たちの前で停まった。
 運転席に座っているのは溝口さんだった。 
 窓を開けると「乗って」と短く言った。

「え、送ってくれるんですか?」

 うれしそうに星弥が後部座席に乗り込んだ。