バスのなかは、暖房のせいで窓が曇っていた。
 隣に座る星弥は、誰が見ても病人には見えないだろう。

「ありがとな」
「ううん」

 短い会話の途中、星弥は私の手を握った。

「何度も別れる、って言ってごめん。月穂につらい思いをさせたくなかったんだ」
「知ってるよ。でも、現実世界の私に今日の記憶はないと思う。よかったら明日電話してあげてくれる?」
「え、それって……」
「ややこしいから質問はなし。とにかくお願いね」
「わからないけどわかったことにしとく」

 バスは高校や図書館の前を通り過ぎ、山道を弧を描いて登って行く。
 もう、乗客は私たちだけだった。

 停車ボタンが押されたのは、終着点である『天文台前』だった。
 バスをおりると、冷たい風が攻撃してきた。

「寒い! けど、空が広い」

 はしゃぐ星弥の向こうに、天文台らしき建物があった。
 クリーム色の建物の上部にはあまりにも大きい丸いアンテナがいくつも空に向けて建っている。

 まだ山が続いているから、ここは頂上ではなさそう。

「ここなら流星群は見られる。再来年の七夕の日はすごい人が集まるはず。けど、俺調べによると、若干高さが足りなくて角度も悪いんだよ」

 そういえば……と改めて記憶を掘り起こす。
 星弥は空翔に頼んでどこかへ行き、帰り道で具合が悪くなったらしい。
 たしか、頂上から星弥をかついでここまで下りてから救急車を呼んだと聞いた。
 なんでここに来るまで忘れてしまっていたのだろう。

 だとしたら、早めに切りあげたほうがいい。
 万が一具合が悪くなった時に、私ひとりで対応できるとは思えない。

「月穂、こっちの道。ちょっと登山みたいになるけど、頂上まで行けばすごい空が見えるから」

 脇道へ進もうとする星弥に「待って」と声をかけた。
 このまま行ってはリスクが高すぎる。
 なにが起きたとしても、星弥が無事に病院へ戻れるようにしなくちゃ……。