「奇跡は信じないと起きないんだよ。私、もう逃げるのはやめたの。明日になったらまた気弱な私に戻ってるかもしれない。でも、今だけは星弥のためになんでもやりたいの」

 掛け布団に手を置き身を乗り出す私に、星弥はうつむいた。
 しばらく経ったあと、星弥はぽつりと言う。

「俺だってわかってるよ」

 両手で顔を覆う星弥。泣いているのかと思ったけれど、ぱたんと手をおろした星弥はさみしげに目を伏せていた。

「奇跡を信じたい。でも、負けそうになる。悔しいけど、あきらめそうになる」
「星弥……」
「俺以外の人は幸せなんだろうな、とかさ……。情けないよな」

 星弥の本音を知った。
 現実世界ではこんな言葉聞いたことがなかった。
 最後まで強かった星弥も、心のなかで苦しんでいたんだ。
 当たり前のことなのに、あの頃の私は自分のことで精一杯だった。

 もっと強くなりたい。
 ただ奇跡を信じるだけじゃなく、行動で示したい。

「私、思うの。負けそうになるのは、勝ちたい気持ちがあるから。悔しいのは、がんばっているから。あきらめそうになるのは、あきらめたくないから」
「……だな」
「ひとりじゃないよ。私がいる。それに流星群もきっと星弥の応援をしてくれてる」

 だから星弥、がんばって。あきらめないで。
 しばらく沈黙が続いた。
 廊下からアナウンスの声が小さく聞こえている。

「……ちっちゃいんだよな」

 やがて星弥が言った。

「こんな高い場所にいるのに、見える空が小さすぎるんだよ」

 目線の先にある青空は、四角くくり抜かれている。
 星弥はベッドから起きあがると、窓枠に手をかけ斜め上に顔を向けた。

「夜になってもさ、ここからじゃちょっとの星しか見えない。月だって、はしっこが気持ち程度に見えるくらいだし」

 体ごとこっちを向いた星弥が、私を見て笑った。

「抗がん剤治療、明日から強いのになるんだって。そうしたらいろいろ副反応が出るってさ。今だって吐きそうでたまんないのに、なんでやるんだろうな」
「星弥……」
「月穂はもう来なくていいよ。俺たち、別れたんだし。それに、みっともないところ見られたくないんだよ」

 二度目の別れは、現実でもあったこと。
 そっか……十二月のことだったんだ。
 あの日の私は、なにも言えなかった。