「月穂ちゃんのお母さんも同じことを言ってたのよ」
「え? どういうことですか?」
「実はね、昨日月穂ちゃんのお母さんにお会いしたのよ」

 急におばさんがそんなことを言うから驚いてしまう。
 こんな展開は、現実にはなかったことだ。
 ひょっとしておばさんが、また夢のなかに入ってきたの?

「二度目の入院は長引きそうなの。だから、月穂ちゃんの時間もたくさんもらうことになるでしょう? 先に謝っておこうと思って、月穂ちゃんが学校に行っている間にお伺いしたのよ」

 全然知らなかった。
 母はひと言もそんなこと言ってなかったのに。

「月穂ちゃんのお母さんね、こう言ったの。『月穂がしたいようにやらせたいんです。高校だってほかのところでも構わない。あの子があの子らしくいてくれれば、それだけでいいんです』って。……素敵なお母さんね」

 ジンと胸の奥が熱くなった。
 星弥の入院中も、亡くなったあと学校を休みがちになっても、お母さんはずっと見守ってくれていたんだ……。

 おばさんが何度も頭を下げて去っていたあと、ひとりエレベーターに乗り込んだ。
 ようやくこの頃のことが思い出せた。
 検査入院と初期治療を終えた星弥は、十一月半ばから自宅療養をしていた。
 今日から再び治療のため入院した。

 十階にある病棟へ足を踏み出すと、ナースコールの音や足音、食器を載せたワゴンの音が入り混じっていた。
 星弥の個室をノックをするが、返事がない。
 そっと開けると、星弥は眠っているようだった。
 ベッドの横の丸椅子に腰をおろし、穏やかな寝顔を見つめる。
 窓からの朝陽でキラキラと水のなかにいるみたい。
 この時期以降は苦しい記憶ばかりだったはず。なのに、こんなゆっくりとした時間も存在していたんだね。

 星弥、ねえ先に逝かないで。
 なんとか死を回避する方法を探すから、ずっとそばにいて。
 星弥がいない毎日は、星を失くした夜みたいで暗いの。
 うまく歩けずに迷ってばかり。

「星弥のことが好き」

 小声でつぶやく。
 ううん、これじゃあ伝えてないのと同じだ。
 一度も自分から言えなかった『好き』という言葉を、ちゃんと伝えなくちゃ。
 そっと指先で頬に触れると、彼の体温が感じられる。規則正しく上下する胸、呼吸、流れる雲、白い部屋。全部がリアルなのに、これは夢のなかの話。