入学してすぐの頃は、よく『月読み』をしていた。
 でも、もうできない。

「今度、チャレンジしてみてよ。最近、うまくいってなくってさ」

 なかなかほかの話題へ移ってくれない。
 仕方ない、と奥の手を出す。

「それより、麻衣は最近どうなの? うまくいってない、って例の片想いのこと?」

 麻衣は「ひゃ」と短い悲鳴をあげて腕に絡んできた。
「それがさ、聞いてよ~」

 麻衣は教室に着くまでの間、いかに片想いは大変かについて語ってくれた。
 私の恋は片想いじゃなかったけれど、失ったあとはもっとつらい。
 なにも知らない麻衣に、あの恋について語ったならどうなるんだろう?

 ううん。そんなこと、絶対にできない。

 ――テニス部、月、星、月読み。

 この世界には、彼との思い出があふれている。
 場所やワードは、忘れたい記憶をよみがえらせる呪文のように、一瞬で私を過去に戻してしまう。
 一年間、ずっと見ないフリをしてやってきたんだから、これからもできるはず。
 自分に言い聞かせながら、廊下の窓から空を見る。

 もう月は雲に隠され、その姿を消していた。