図書館のドアを開けると、まだ館内は暗かった。
 ブラインドやカーテンは閉められたままで、星弥と通っていた頃を思い出させた。
 通路の左側にカウンターがあり、照明がひとつだけついている。
 手前に樹さんがうしろ向きに立っていた。
 シルバーの長い髪を、器用にゴムで結んでいるところだった。

 音に気づいたのだろう、樹さんがふり返り「おやおや」と口にした。

「開館前に誰かと思えば」
「すみません。開いていたので……。外で待ってます」
「いいですよ。あと少しで九時ですし問題ありません」

 手招きをされ近づく。照明に吸い寄せられる虫の気分だ。

「前に話をされていた不思議な夢はまだ見ているのですか?」
「はい。まだ続いています」

 樹さんはカウンターの内側の椅子に腰をおろした。
 勧められるまま向かい側に座る。

「月穂さんの役に立てるよう、私なりにあの本を読み解こうとしたのですが、夢のことも大流星群に関する記述も見つけられませんでした」

 カウンターに両肘を置き、指先を組むと樹さんは言った。

「私もまだ見つけられていません」
「でも、信じると?」

 口元に浮かぶ微笑にうなずいた。

「信じたいんです。私にはそれしかないから……」

「そうですか」と言ったあと、樹さんは鼻から静かに息を吐いた。

「奇跡を信じたい気持ち、わかります。どうやら私に奇跡は起きないようですが、月穂さんのことは応援しています」

 樹さんの顔から笑みが消えるのを見て、「あの」と思わず口を開いていた。

「ひょっとして樹さんも、かなえたい奇跡があるのですか?」

 余計なことを聞いてしまった、と口を閉じたけれどもう遅い。
 一度出た言葉は取り戻せないから。
 思案するように「んん」と小さく口のなかで言ったあと、樹さんは首を横に振った。
 結んだ髪がさらさらと揺れている。

「かなえたいことはあっても、本気で奇跡を信じてないのでしょうね。信じ続けて裏切られるのが怖いんだと思います」
「……星弥のお母さんも同じことを言っていました」

 共通の夢を見たせいで、おばさんを悩ませてしまった。