麻衣は「で」とテニスコートのほうを見た。

「こんなところでなにしてたの? ひょっとしてテニス部に好きな子がいたりして」
「そんなわけないでしょ。ちょっと休憩してただけ」

 軽い口調で答える。

「あやしいなあ」
「あやしくないって。それより、見て。月が出てる」

 北西の空を指さすけれど、麻衣は目をこらして「どこ?」と低い位置を探している。

「もう少し上のほう」
「あった! わ、今日は満月なんだね」

 八重歯を見せて笑う麻衣に本当は教えてあげたい。
 今夜は十三番目の月だということ、満月は明日だということ、あさってからは月は欠けていくということを。

 ――それは全部、彼が教えてくれたこと。

「……満月だね」

 胸に広がる悲しみを隠して笑ってみせるの。
 ざぶんざぶん、と悲しい音が聞こえないように。

 自分がまたこわれてしまわないように。

 そんな私に気づかず、麻衣は「ねえ」と、なにか思い出したように手を叩いた。

「月穂って、月とか星が好きなんだよね? ほら、一年生のときに『星占い』をしてくれたことあったじゃん」
「『星占い』じゃなくて、『月読み』ね」

 思わず訂正してからキュッと口を閉じた。
 言葉数を多くすれば、そのぶん彼の記憶を呼び覚ますことになる。
 説明は最低限に留めておかなくちゃ。