「すぐに忘れちゃうのよ。これから、ふたりでてるてるぼうず作りでしょう?」

 あの日、私は……そうだ。
 夕方から星弥の部屋でてるてるぼうずを作ったんだ。
 夕飯で唐揚げをごちそうになったことは覚えている。
 星弥は、私が来たときにはすでに部屋にいたはず。
 過去が変わっているのは間違いないだろう。

 前回の夢での発言や行動で、この夢の行動も変わっている。
 そういうことなのかな……? だとしたらまだ希望はある。

「待ってる間、月穂ちゃんにも手伝ってもらおうかな?」

 鼻歌混じりのおばさんは、私と同じ夢を見たと言っていた。
 今はどうなのだろう……?
 手を洗い、唐揚げ作りの担当を変わる。
 じゅうじゅうさわぐ唐揚げが、美味しそうに揚がっている。
 キャベツを千切りにするおばさんの横顔をさりげなく観察した。
 見る限り、いつもと変わりないように見える。
 必死で自分の意志で動こうとしているのだろうか?

「明日から夏休みね。星弥は推薦入試間近だけど、ちゃんと勉強してるのかしら」
「してると思いますよ」

 心配しなくても星弥は推薦で、私は一般入試で同じ高校に合格した。
 でも、星弥は一度も高校に来ることはなく……。
 にがいものが口のなかに広がる。
 今は、まずはおばさんも私のように自由に動いてもらわなくちゃ。
 それから星弥のことを話し合わなくちゃ。
 星弥に病院に行ってもらうにはそれしかない。

「おばさん、聞いてください」

 低い声の私におばさんは目を丸くした。

「月穂ちゃんどうしたの? 具合、悪い?」
「違うんです。おばさん、これは夢のなかなんです。自分の意志で動ける、って考えてみてください」
「なに、どうしちゃったの?」

 困ったように笑うおばさんをじっと見る。
 違ったのだろうか……。
 その時だった。
 玄関のドアが開く音がした。おばさんも気づいたらしく、視線をリビングのドアへ向けた。

 ゆっくりと廊下を歩く足音。
 おじさんが帰ってきたのかも、と思ったけれど、顔を見せたのは星弥だった。

「星弥」

 おばさんと同時にその名を呼んでいた。やっと星弥の顔を見られたよろこびが、湧きあがる水みたいに溢れ出す。