どれくらいそうしていただろう。
 静かに目を開けると、見覚えのある四つ角に立っていた。
 ここは、星弥の家に近い場所だ。
 大丈夫、まだ夢のなかにいるみたい。

「よかった……」

 時間が経ったらしく、上空は藍色に塗られ、住宅地の向こうにわずかに残ったオレンジ色の雲が浮かんでいた。
 まだ風に温度はあるけれど、日差しがないぶん涼しく感じられる。
 体はまだ自由に動くらしく、スマホを開くことができた。
 日付は……同じ。時間はもう七時近い。
 星弥からの着信やラインの返信はないまま。
 二年前の今日はなにもなかったはず。
 夏休みに会った記憶はあるけれど、それがいつのことかは覚えていない。
 スマホにスケジュールを入力しておけばよかったと後悔したところで、『日記アプリ』の存在を思い出した。
 クラスで一時期はやっていて、私もたまに書いていた。
 最後まで非公開にしていたはずだけど、星弥が亡くなってからは開いてもいない。
 存在すらすっかり忘れていた……。
 スマホのアイコンのなかから『日記アプリ』を探そうとする指を宙で止めた。
 よく考えたらスマホで見られるのは、昨日までの日記だ。
 今日なにがあったかは、調べようがない。

 ……目覚めたら確認しなくちゃ。
 スマホは新しくしちゃったけれど、アプリの引継ぎサービスを使えば、過去の日記も見られるはず。
 それよりも早く星弥に会わなくちゃ……。
 迷いながら、星弥の家の門を開けた。
 自分の意志で動ける今、星弥にもおばさんにも病気のことをストレートに伝えよう。
 そう、迷っている時間なんてないのだから。
 強く自分に言い聞かせ、星弥の家のチャイムを鳴らした。
 すぐにおばさんが出てきてくれた。
 夕飯の準備をしていたらしく、エプロン姿のおばさんがかわいく見えた。

「いらっしゃい。あら、星弥は一緒じゃないの?」
「こんにちは。え、星弥いないんですか?」
「今日は部活だったんじゃないの?」

 質問し合っているうちに、おばさんが「大変!」と短く叫んだかと思うと小走りでキッチンへ駆けて行く。
 追いかけると、どうやらコンロの火をかけっぱなしだったらしく、唐揚げを油鍋から急いで取り出している。