「本当にごめん。またね」

 不満げな米暮さんを置きざりに教室から飛び出す。
 まだ昼前の廊下はすでに蒸し暑く、あの日の夏を感じる。
 この頃の私は、まだ病気について知らされていなかったはず。
 体が動く今こそ、過去を変えるチャンスだ。

 さっきの話では星弥は部活に顔を出す、と私に伝えたらしい。
 靴を履き替え、テニスコートへ向かった。
 日差しも、セミの声も、苦しくなる呼吸さえも現実のことに感じる。
 コートを囲む金網に手をかけ、なかを見るとちらほらと部員の姿が見えた。
 ストレッチをしていた空翔が私に気づき手をあげた。
 必死で手招きをするけれど、あげた手を振り返してくるだけ。
 もどかしさに「空翔!」と叫ぶと、ぴょんと飛びあがり駆けてきた。

「んだよ。大きな声出すなよ」
「星弥はどこ?」
「は?」
「星弥だってば! どこにいるの!?」

 いぶかしげな顔に、スッと体から熱が奪われていく。

「ここに……いるんじゃないの?」

 ようやく理解したのだろう、空翔は「ああ」と肩をすくめた。

「なんか用がある、って言い出してさ。引退試合もうすぐってのにさ」
「どこに……行ったの?」
「知らない。てっきり月穂と一緒かと思ってた」
「ううん……」

 どこへ行ったのだろう。
 二年前の記憶を辿るけれど、うまく思い出せない。
 早く星弥に会わないといけないのに……。
 スマホを取り出し電話をかけてみる。

『おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波の届かない場所にいます』

 無機質な女性の声が流れるだけ。
 どうしよう……。