必死でメモを取る片倉さんを見ながら、なんとか席を立とうとするけれどやっぱり動いてくれない。
 そうこうしているうちに、教壇の前にいたふたりの姿は消えていた。
 それから片倉さんは色々と聞いてきたけれど、そのたびにノートを参照しながらポジティブになれるような読みをしてあげた。
 何度もお礼を言い、ふたりがいなくなると再び荷物をカバンにしまっていく。

「あれ、今日は星弥君と一緒じゃないの?」

 今度は誰なの、とふり向く。
 えっと、この子は……。そうだ、米暮(よねくれ)さんだ。私は苗字で呼んでいた。
 誰よりもショートカットが似合っている女子。
 今はもう、連絡を取り合うこともない元友達。

「部活に顔出すみたい。あとで会うよ」
「あいかわらずうまくいってるんだねー。あぁ、うらやましい」
「なに言ってるの。カレシ、自分から振ったくせに」

 この頃の私は、こんなふうにニコニコと話をしていたんだ。
 今とはまるで別人だ。

 ふと、麻衣のことが頭をよぎった。
 私が学校に行かないせいで、悲しい思いをしていないといいな……。
 ダメ……。今は、夢の世界に集中しなくちゃ。

「あたしにも『月読み』してよ。せっかくの夏休みなのに、これじゃあひとりぼっちだもん」

 米暮さんが前の椅子にうしろ向きで座った。

「だって、米暮さんは全然言うこと聞かないじゃん」
「今度はちゃんと聞くから。ね、お願い!」

 たしかにこの会話を交わした覚えがある。
 このあと、先生が来るまでずっと『月読み』をしたんだ。
 せっかくの夢なのに、これじゃあ星弥の運命を変えられない。
 流星群の奇跡を起こすには、どうしても星弥を病院へ連れて行かなくちゃいけないの!

 ふと、ノートをカバンから取り出す手が止まった。
 ゆっくり手を開いてみると、すとんとカバンに落ちる。
 自分の意志で顔をあげると、米暮さんはスマホとにらめっこしている。
 右へ、左へ視線を向けてから、自分の手のひらを眺める。
 手を開いたり閉じたり……動いている。体が自由に動いている!

 ガタッ。音を立て椅子から立ちあがった私に、米暮さんは「どした?」とスマホから目を離さずに尋ねた。

「ごめん。用事あるんだった。また連絡するね」
「え、マジ?」