「好き」という告白は恐ろしい呪文だ。
幸せを呼ぶか、滅びを呼ぶか。
口にすることで世界ががらりと変わってしまう。
だから私はその呪文を少し変えて唱えてしまった。とてもずるいと思う。
「友達になってください」
安部君はどう思ったのだろう。
花びらが心の中いっぱいに溜まって、積もる場所を失ってきた頃、私はそんなことをよく考えるようになった。
嘘はついていない。
私は安部君が好きだけれど、付き合うなんておこがましいことは思ったことがなかった。私が彼女として安部君の隣を歩くなんて、畏れ多すぎる。想像さえできなかった。
ただ、もっと話してみたかった。安部君がどんなことを考え、過ごしているか。些細なことでいい。安部君をより知りたかった。それだけだった。
だから友達になりたいというのは嘘ではない。
でも、じゃあ、恋愛感情じゃないのかと言ったら……恋愛感情以外のなにものでもなかった。
綺麗だった花びらは心の中で下に下に押し潰され、渇いて乾いてカサカサと耳障りな音を立てる。花びらの残骸に埋もれていると息が苦しい。
自分の想いはどこか綺麗なものと勝手に思っていた。でも、違うことにその頃やっと私は気付き出した。
私はずるい。
友達なら、安部君の恋人になることを望んではならない。安部君に私への恋心を望んではならない。
でも、私は思ってしまうのだ。安部君に好きな人がいたら嫌だ、と。特別な誰かがいたら嫌だ、と。
安部君の心はどこにあるんだろう。
少なくとも、私には、ない。
わかっている。そんなのとっくにわかっているのに、そう思うと、暗い暗い炎が私に灯り、まだ綺麗な花びらごと燃やしてしまいそうになる。そんなとき、嫌いな自分がさらに嫌いになった。
毎朝、部室の前に安部君の自転車が停めてあると、「今日も来てる!」と嬉しくなる。その瞬間は純粋に「安部君が好き!」という感情だけ。
でも。
校内で安部君を見かける時。隣にいるのはだいたい男子の友人だ。女子といるのを見たことがない。安部君は女子が苦手なのかもしれない。
そんな時、安堵する自分と、もう一つ別の自分がでてくる。
『隣にいるのが私ならいいのに』
安部君が友人に向けている無邪気な笑顔を見ると、怒りさえ湧く時がある。
『なんで私にはそういう笑顔見せてくれないの?』
以前は違った。安部君の笑顔を見られたらそれだけで幸せだったのに。
私はどうしてこんなにも欲張りになったんだろう。
そんな自分が嫌で、ますます安部君を純粋に見られなくなる。
安部君を見ると自分が汚くなっていくようで。そんなの私の勝手な都合。わがまま。それもわかっているのに。
私はますます安部君に声をかけられなくなった。そして、かけてももらえなかった。
そういえば、安部君から挨拶してくれたことあったっけ?
チリチリ。心の花びらが焼ける音がする。煙で苦しい。熱い。
こんなに苦しい想いに変わるなんて、望んでいなかった。
受験勉強のストレスもあったと思う。
でも。
気が付いたら私の中は黒い気持ちでいっぱいになっていた。
一方通行の片想いに嫌気がさしていた。
そして、不安も強くなっていった。
それは、私の告白を聞いていたと思われる安部君の部室の男子たちが、私が通る度に、
「安部! 安部!」
とからかいを含んだ声で呼んでいるのが聞こえたからだ。
心で私は叫ぶ。
『やめて!』
安部君は私に対して何も思ってないのに、迷惑だよ。ウザいと思われたら……嫌われたら……。もう、私、耐えられない。
安部君はどう思ってるの?
あんな告白した私をどう思ってるの?
迷惑……?
怖い。
でも、告白をなかったことにはして欲しくない。
私はずるい。
そして、汚い。