人は追い詰められて必死になると何をするかわからないというのを、私は身をもって体験することになる。

 焦ってるのに安部君を最近見ていない。もうすぐ夏休みも終わる。タイムリミットはあと半年になろうとしているのに、何も出来ないという日が続いていた。


 その日。  
 私は不吉な夢を見た。「友達になってください」と安倍君に言ったら、無視される夢。あまりにもリアルな感覚で、目が覚めてからも苦しかった。
 そんな日に限って、私が部室から出ると、ちょうどその前の駐輪場に会いたくてやまない安倍君の後ろ姿が見えた。安部君は大きなサイクリング車の鍵を開けようとしていた。

 私は。

 躊躇っている時間はなかった。不吉な夢もどうでも良かった。早く、早く自分の想いを自分で伝えなければ。ただそれだけだった。

 私は走り寄ると安部君の後ろに立った。目に入る安倍君のリュック。私はそのリュックをグイと下に引いた。腰の高い安部君のリュックはちょうど私の胸のあたりにあったのだ。自分でも驚くようなことをしてしまった!

 バランスをやや崩して、驚いた顔で安部君が振り返る。黒目が泳いでいた。

「あのっ! お願いがあるんですけど」
「……はい?」

 今言わないと。それしか頭になかった。まだ夏期講習が終わったばかりで、人もいたのに。

「私、あなたにキョーミがあるんです!」

 言ってからしまったと思った。言わなくていい枕詞をつけてしまった。安倍君は見事に硬直している。
 でも、ここまで言ったならあとにはひけない。

「私と友達になってくれませんか?」

 夏の暑い日なのに、空気が凍りついたのがわかった。
 ああ、やっぱり夢と同じように失敗に終わるんだろうか。

 30秒が1時間にも感じられる重い沈黙。

「……はい」

 安部君が目を逸らして小さく言ったのが聞こえた。幻聴、だろうか。

「本当にいーんですか?!」

 なんで追い討ちをかけてるんだろう、私。

 安部君は困った笑顔を少し浮かべて、

「はい。さようなら」

 と言った。

 さようなら? もしかして、頷かないと帰れないから言ったのだろうか。一瞬そう頭によぎったけれど、

「ありがとう」

 と私はお辞儀した。安倍君は何もなかったように自転車に乗って帰ってしまった。

 残された私は。
 笑顔を噛み殺すと、部室に駆け込み、小さくガッツポーズ。

「やった! 安部君と友達になれた!」

 当時の私に言ってあげたい。友達ってそんなものでなれるもんじゃないと。安倍君はその場しのぎにそう返事をしたんだよと。

 でも、恋する私には分からなかった。これからがもっと苦しいことになるなんて。恋は盲目。