私は焦っていたのだと思う。
あと一年しかない。
その焦りは私のような奥手な人間をも動かしてしまうのだから不思議だ。
高校最後の文化祭。
私は一人、ドキドキしていた。
安倍君は展示室に立ち寄ってくれるだろうか。もし来てくれたなら。
安部君は。
来た。一人ではないけど、展示教室に入ってきてくれた!
私は嬉しさと恥ずかしさに後ろを向いてしまった。安倍君は私が文芸部にいるから立ち寄ったわけではない。わかってる。それでも、こんなにドキドキする。
そうする間に安部君が友達と展示室を出て行こうとする気配がした。
あ! 行ってしまう!
私は文芸部の作品冊子を手に取った。個人冊子には安倍君に対する恋愛感情の詩ばかり書いていたので、とても渡せそうにない。でも、文芸部員全員の作品が載ってる冊子だったら、渡してもおかしくないはず!
「これ、よかったら持っていってください!」
私にできる、小さな、それでいて精一杯のアクション。
安部君はちょっと目を見開いて、でも、受け取って教室を出た。
ほっとして、顔が緩む。
渡せた。
読んでくれるかはわからない。それでも渡せた。
これが私の最初の一歩だった。
季節は進んで、初夏。
私は一年生のときの連絡網を手に、家の電話の前に座っていた。当時、まだ携帯電話なんてものは、高校生は持っていなかった。
「友達になってください」
この言葉だけでいい。伝えたい。そして、友達になって、安倍君と話をしたい。安倍君がいつも何を思って、考えて過ごしているのか、知りたい。そんな幼い想いしかなかった。けれど、「友達になってください」と言う言葉はなんて曖昧で、厄介なものだろう。よっぽど嫌いでなければ断る理由を与えない言葉。そのことに私は気付かぬふりをした。
手に汗握りながら番号を押す。
五回鳴らして出なかったらやめようと思っていた。
果たして電話が繋がる音がした。
「はい、安部です」
本人? のような気がする。
「あのっ! 私、一年生のとき一緒のクラスだった花木ですっ」
「はい? あ、兄貴ですか?」
ええええ?!
私は動揺した。
本人じゃ、ない?! 声はソックリなのに!?
「え、えーっと。あの、はい! お兄さんお願いします」
「兄貴は今、花火見にいってますが」
そう言えば今日は某公園で花火大会があっていると聞いていた。なんてタイミングが悪いんだろう。
そして。私はどうすればいいんだろう。
無言が私を追い詰める。
何か言わなきゃ。何か。
「えっと、もう一度かけ直します」
「あ、はい」
それから。これは言っとかないと。
「あ、あのっ! 電話があったことは伝えないでください」
「? わかりました」
弟がいたなんて知らなかった。いくら似ているとは言え、好きな人の声さえわからないのかと凹む。
私は結局その40分ほどあとにもう一度電話をかけた。
「はい」
この声はたぶん、また弟の方だ。
「あの、お兄さん、帰って来ましたか?」
「ああ、あの、すいません。もう寝てしまって……」
「え?!」
私が電話のこと伝えないでと言ったのを弟さんは守ってくれたのだろう。
でも。これだけ緊張してかけたのに、大誤算だ。
「そ、そうですか。あの、電話のこと、伝えないでください」
くすりと安倍君の弟さんが笑う気配がした。
「わかりました。大丈夫ですよ?」
どうなのだろう。弟さんを信用してないわけではない。でも、うちの弟だったら言うだろうな。
「兄貴~。女子から電話あったよ~! 隅におけねーな」
なんて言われてたら最悪だ。
そんなのは私の妄想でしかないけれど、私はこの電話以来、さらに焦ってしまった。
兎にも角にも、自分の口から伝えたい。人づてで伝わるのは嫌だ。早くどうにかしないと!
どうしたらいい?
私は同じクラスの友人たちに安倍君が好きだとは伝えていなかった。部活の友人で理系クラスの冴子にだけ話していた。冷やかされるのが嫌だった。だから、友人といる時は行動できないし、安倍君が友達といる時ももちろん告白なんてできない。
花火の日から日にちが過ぎていく。焦りはどんどん大きくなる。
もう一度電話する? ううん、なるべく口で伝えたい。また電話で弟さんが出たり親御さんが出たりしたら困る。どうにか安倍君を呼び出したい。
私は一人になれた放課後、安部君の部室の前にたち、ノックした。
「はい」
返事はあったけれど、扉は開かなかった。好都合だ。
安部君がいなかったら、無駄になる。そして安倍君の名前を出したら、きっと安部君がからかわれる。だから私は、
「三年生いますか?」
と聞いた。
「いませーん!」
「ならいーです」
ダメだ。上手くいかない。女子が三年生を探してたと部員同士で話すかもしれない。早く。早く自分の言葉で伝えないと、歪んで伝わってしまう。
安倍君だと特定されるとは限らないのに、私の焦りは頂点に達していた。完全に冷静さを失っていた。
あと一年しかない。
その焦りは私のような奥手な人間をも動かしてしまうのだから不思議だ。
高校最後の文化祭。
私は一人、ドキドキしていた。
安倍君は展示室に立ち寄ってくれるだろうか。もし来てくれたなら。
安部君は。
来た。一人ではないけど、展示教室に入ってきてくれた!
私は嬉しさと恥ずかしさに後ろを向いてしまった。安倍君は私が文芸部にいるから立ち寄ったわけではない。わかってる。それでも、こんなにドキドキする。
そうする間に安部君が友達と展示室を出て行こうとする気配がした。
あ! 行ってしまう!
私は文芸部の作品冊子を手に取った。個人冊子には安倍君に対する恋愛感情の詩ばかり書いていたので、とても渡せそうにない。でも、文芸部員全員の作品が載ってる冊子だったら、渡してもおかしくないはず!
「これ、よかったら持っていってください!」
私にできる、小さな、それでいて精一杯のアクション。
安部君はちょっと目を見開いて、でも、受け取って教室を出た。
ほっとして、顔が緩む。
渡せた。
読んでくれるかはわからない。それでも渡せた。
これが私の最初の一歩だった。
季節は進んで、初夏。
私は一年生のときの連絡網を手に、家の電話の前に座っていた。当時、まだ携帯電話なんてものは、高校生は持っていなかった。
「友達になってください」
この言葉だけでいい。伝えたい。そして、友達になって、安倍君と話をしたい。安倍君がいつも何を思って、考えて過ごしているのか、知りたい。そんな幼い想いしかなかった。けれど、「友達になってください」と言う言葉はなんて曖昧で、厄介なものだろう。よっぽど嫌いでなければ断る理由を与えない言葉。そのことに私は気付かぬふりをした。
手に汗握りながら番号を押す。
五回鳴らして出なかったらやめようと思っていた。
果たして電話が繋がる音がした。
「はい、安部です」
本人? のような気がする。
「あのっ! 私、一年生のとき一緒のクラスだった花木ですっ」
「はい? あ、兄貴ですか?」
ええええ?!
私は動揺した。
本人じゃ、ない?! 声はソックリなのに!?
「え、えーっと。あの、はい! お兄さんお願いします」
「兄貴は今、花火見にいってますが」
そう言えば今日は某公園で花火大会があっていると聞いていた。なんてタイミングが悪いんだろう。
そして。私はどうすればいいんだろう。
無言が私を追い詰める。
何か言わなきゃ。何か。
「えっと、もう一度かけ直します」
「あ、はい」
それから。これは言っとかないと。
「あ、あのっ! 電話があったことは伝えないでください」
「? わかりました」
弟がいたなんて知らなかった。いくら似ているとは言え、好きな人の声さえわからないのかと凹む。
私は結局その40分ほどあとにもう一度電話をかけた。
「はい」
この声はたぶん、また弟の方だ。
「あの、お兄さん、帰って来ましたか?」
「ああ、あの、すいません。もう寝てしまって……」
「え?!」
私が電話のこと伝えないでと言ったのを弟さんは守ってくれたのだろう。
でも。これだけ緊張してかけたのに、大誤算だ。
「そ、そうですか。あの、電話のこと、伝えないでください」
くすりと安倍君の弟さんが笑う気配がした。
「わかりました。大丈夫ですよ?」
どうなのだろう。弟さんを信用してないわけではない。でも、うちの弟だったら言うだろうな。
「兄貴~。女子から電話あったよ~! 隅におけねーな」
なんて言われてたら最悪だ。
そんなのは私の妄想でしかないけれど、私はこの電話以来、さらに焦ってしまった。
兎にも角にも、自分の口から伝えたい。人づてで伝わるのは嫌だ。早くどうにかしないと!
どうしたらいい?
私は同じクラスの友人たちに安倍君が好きだとは伝えていなかった。部活の友人で理系クラスの冴子にだけ話していた。冷やかされるのが嫌だった。だから、友人といる時は行動できないし、安倍君が友達といる時ももちろん告白なんてできない。
花火の日から日にちが過ぎていく。焦りはどんどん大きくなる。
もう一度電話する? ううん、なるべく口で伝えたい。また電話で弟さんが出たり親御さんが出たりしたら困る。どうにか安倍君を呼び出したい。
私は一人になれた放課後、安部君の部室の前にたち、ノックした。
「はい」
返事はあったけれど、扉は開かなかった。好都合だ。
安部君がいなかったら、無駄になる。そして安倍君の名前を出したら、きっと安部君がからかわれる。だから私は、
「三年生いますか?」
と聞いた。
「いませーん!」
「ならいーです」
ダメだ。上手くいかない。女子が三年生を探してたと部員同士で話すかもしれない。早く。早く自分の言葉で伝えないと、歪んで伝わってしまう。
安倍君だと特定されるとは限らないのに、私の焦りは頂点に達していた。完全に冷静さを失っていた。