私はなんとか志望大学に合格した。

 合格してすぐに気になったのは、安部君のことだった。

 秋頃、安倍君をバスで見たという友人から、安倍君の変わりようを聞いていた。

「指にゴテゴテした指輪してたよ。幾つも」

 映画の日に会った安倍君から想像ができた。勉強をちゃんとしているのかだけが気になっていた。

 嫌な不安が心に広がっている。

 どうしよう。聞くのは怖い。でも知りたい。

 私は合格発表からしばらくして、受話器を手にしていた。

「はい、安部です」

 安倍君のお母さんの声だった。私はほっと胸を撫で下ろした。

「花木です」
「あらあら久しぶりね! 今いないのよ」
「あ、いいんです。あの、安部君、大学どうなったのかだけが気になって」

 安部君が前期から私と同じ大学を受けていて、そこに行くことをお母さんから聞いた。

 ああ。

 第一志望に余裕で受かるぐらいに……と言っていた安部君の言葉が思い出されて私は複雑な気分になった。
 安部君は結局、浪人する前に受かっていた大学、学科に行くのだ。

 本人が納得しているのだったら構わない。
 でも、もし、後悔してるんだったら……。

 私は一年前のあの電話を思い出す。
 友達とも思ってもらえてなかった私の電話が安倍君の人生を狂わせてしまったのなら、私はなんてことをしたのだろう。

 これでよかったのだろうか。

 安倍君の選択は安倍君のしたこと。
 人生に正解がないのと同じで、私のしたことも安倍君の選択も正解かどうかなんて分からない。私が安倍君に影響を与えたなんて思う方がおこがましいのかもしれない。

 結局答えは分からないまま。
 

 この後、大学で一度だけ安倍君を見かけたことがある。

 知らない人かと思った。でも見間違いではない。
 私は思わず目を逸らしてしまった。向こうは全く気付いていないようだった。

 高校の時とは全く違う彼。夏に会った時よりさらに変わっていた。

 特徴のある長髪。指にはリングがたくさん。
 ジャック・スパローを思い起こさせるような派手な安倍君。

 私は高校生の時、安倍君の何を見てきたのかな。私が知っていた安倍君の一面はショーケースから見た宝石ですらなかったのかもしれない。
 勝手に作ったイメージに勝手に恋をして。
 そもそも恋とはそんなものなのかもしれないけれど。

 私の中の花びらはもはや一枚も残っていなかった。

 私は大学に入ってから安倍君に会っていたら、彼に恋をしなかったと思う。

 安部君は私の道とは全く違う道を歩んでる、それだけは分かった。
 そして、もう永遠にその道は交わることはないのだろう。



 友達にすらなれなかった想い人。
 私は後々思った。
 それは私のせいでもあったのだ。
 私は安倍君を崇めて、自分を卑下して、対等にならなかったのだ。対等でないのだから、友人にもなれるわけがない。
 私は安倍君の前では本当の自分を出せなかったし、逆に卑屈になって言いたいこともまともに言えない状態だった。
 「私の妄想の彼」と「嘘の私」との関係は現実として初めから破綻している。そこからは何も生まれないし、発展するわけもない。
 そのことに気づくまで、私はその後も何年かを費やした。

 今、私の隣で笑っている夫には、他の人に言えないことも全て言えてしまう。ずっと一緒にいられる人というのはそういう人なのかもしれない。

 今となっては安倍君がどこかで幸せに暮らしていることだけを祈るばかりだ。
 私に大切なことを気付かせてくれた人。
 そして大きな傷と罪悪感をくれた人。

 さようなら。ありがとう。私の青い春。綺麗な花びらたち。
 
           了
        
               了