その日の体調は最悪だった。
 それでも私は待ち合わせに遅れないよう、走って行った。

 安部君はまだ来ていなかった。
 良かった、と一息。

 普段デニムばかりの私は珍しくワンピースを着て、袖が半袖だったから初めて腕の毛の処理もして。薄く化粧も施していた。少しでも安倍君に女らしくなったと思われたかった。
 慣れない女の子らしいサンダルは走りづらかった。

 しばらく安部君を待つ。
 もう少しで待ち合わせの時間。
 安部君、どんな感じになってるのかな。私服を見るのは初めて。どんな服着るのかな。
 ドキドキしながら待ち続ける。

 緊張と体調の悪さから嫌な汗をかいた。

 待ち合わせ時間になった。

 あれ? 遅れてる?

 人を待つのは嫌い。
 私だけの時間が止まっている気になるから。
 不安だけが増すから。

 時計を何度も見る。

 映画が始まる時間だ。

 1分が1時間にも感じられた。
 私、もしかしてこのままずっとここで一人待ち続けるんじゃ……。世界に自分だけ一人きりになったような心もとなさを感じた。
 不安が大きくなる。

 待ち合わせ時間から30分が経った。

 何かあったのかな。

 私はとりあえず、公衆電話を探して自分の家に電話をした。母はこの日単身赴任の父の社宅に行くのを忘れていた。
 もちろん繋がるはずもない。

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。
 私、このまま待っていていいの?

 私は携帯を持っていなかったし、安部君が持ってるかも知らない。
 安倍君と私を繋ぐのは安倍君の家電だけ。


 もう、家にいるはずない。
 そう思ったけれど念のため。

 公衆電話から無意識に暗記していた安部君の家に電話した。

 私はアホだった。

「……はい」

 小さな声。

「花木と申しますが、お兄ちゃんいつ出たか分かる?」
「いや、あの……」

 かなり困ったような声がする。

「……もしかして出てない?」
「いや……」
「言っていいよ? どっち?」
「……本人です」
「!」

 私はあまりに動揺していて、その日が平日で、高校生は学校だろうことがわからなかった。
 さらに、まさか、家を安部君が出ていないとは思ってなかったのだ。

 私はしばらく言葉が出なかった。状況が把握できない。どうしてまだ家にいるの?

「ヤバい……」

 小さく呟く声が受話器から聞こえた。

「……ごめん」

 謝罪が欲しいんじゃなかった。

 ここで私はよせばいいのに、言ってしまう。

「1時過ぎからまたあるの。出てこれない?」
「いや……あの……」
「私ね、ここまで来ちゃったの。……帰るの虚しいの。どっちなの?」

 もう自棄っぱちだった。私はそう怒りと悲しみのままにせまった。

「1時に……」
「え? 1時にここでいいの?」
「でも……待たせるの悪い……」

 そう思うなら何で来てくれなかったの?
 無理矢理誘ったのは私。でもそう思わずにはいられなかった。

「始めから来る気がないなら断ってくれれば良かったのに」

 涙声になった。

「ヤバ……ごめん」
「1時に待ち合わせ場所で。待ってるからね」

 私は念を押して、電話を切った。

 何だか疲れた。私、何してるんだろう。
 また来ないかもしれないのに。

 私は放心状態のまま食事をとった。
 母と下見した喫茶店だった。安部君と食べようと思っていた場所だ。
 砂を食んでいるようだ。
 
 私が電話をしなかったら、私はあのままずっとあそこで待ち続けていたのだ。そう思うと悲しくて泣きそうになった。

 恋人でないのは分かってる。
 でも、友人ではありたかった。私だったら友人と待ち合わせしたらすっぽかすなんてしない。
 私は安部君にとってその程度なんだ。痛感した。