自分がこんなに奥手になってしまう恋は初めてだった。

 毎朝心の中で安倍君に「おはよう」と声をかける練習をする。
 今日こそ。今日こそは挨拶するんだ。

 正面から来る安部君。段々と近づいて来る。安倍君にも私が認識できる距離に入る。
 すると私の顔は恥ずかしさに下を向いてしまう。それでも挨拶だけはしたい。「おはよう」って言わなきゃ。そう思うのに私の口は貝のように閉じてしまって言葉が出ない。
 心の声が伝わるならどんなにいいだろう。

***

 安部君と話がしたい。どんなことを考えて、どんな本を読んで、どんな趣味があって、どんな食べ物が好きか。とにかくどんな情報でもいいから欲しい。

 挨拶さえ出来ない私にはハードルが高すぎる。分かってはいる。でも、安倍君のことがもっと知りたい。

 悶々とする私に一つの希望が舞い下りた。

 私の高校は冬の寒いときに40キロをひたすら歩くという行軍があった。
 その行軍の休憩時に私は安部君の隣に座ることができたのである。

 私は捨て身で声をかけた。

「私、次の期末、60点以上とらないと、英語、追試になっちゃうんだ! 安部君、いつも英語の成績いいよね? どうしたら追試にならないで済むかな」

 私を哀れんだのか、安部君は私に一言くれた。

「気合い」

 なんとも短い言葉。でも強い一言。

 この言葉は私を支え続けることになる。

 何か試練がある度に、自分に「気合いだ!」と言い聞かせて頑張った。まるで魔法の言葉のようだった。
 そのせいなのかはわからないが、私は英語の追試を免れた。

 安部君、万歳!