安部君のどこか疲れた声を思い出すと、電話するのが怖くなる。
 誰も電話しろなんて言っていないし、安部君から電話があるわけでもない。 
 それでも私は電話でしか安部君とつながれない。
 私は追い立てられるように、汗ばんだ手で受話器を握りしめ、番号をプッシュし続けた。


 あまり電話しすぎても嫌がられるのではと思っていた私はだいたい二週間おきくらいの間隔で電話をしていた。
 この日、呼び出し音のあと電話に出たのは安部君のお母さんで、安部君はバイクで走りに行ってると言った。
 時計の針は22時を回ろうとしていた。
 
 私からの電話が嫌で、そう言わせてるんじゃという不安を私は追い払った。
 少なくとも安部君のお母さんは嘘をつくようなタイプには思えない。
 そんなことより、もっと不安なことがある。

「とめてもきかないのよー」

 あまり困った声ではない様子で安部君のお母さんは言った。

「……あの。こんな夜に、心配じゃないですか?」
「中学のときの友達でね。いい子達ばかりだからそれは心配してないんだけど、事故とかがね」

 バイクは車と比べて身を守るボディがない。私もそれが心配だった。
 そしてもう一つ。 

「お勉強の方は……安部君のことですからしてますよね?」

 おそるおそる訊ねると、

「どうかしらね。予備校には行ってるみたいだけどね」

 とお母さん。

 この頃から夜に電話をしても、安部君はバイクで走りに行っていて、安部君のお母さんと話すことが増えた。