予備校は比較的楽しく、勉強も分かりやすく教えてもらえ、友人ともうまくいっていた。そんな私に突然の事件が起きる。

 ある英語講師の授業の時だった。私は真面目にノートを取っていたのだが。

「おい、そこ」

 私はまさか自分のことだとは思わず、誰だろうかと辺りを見回した。

「お前だ。授業聞く気がないなら出て行け」

 服の色を言われ、自分だとわかった時、

「授業しっかり聞いていましたが? ノートを見せてもいいですよ?」

 私は思わず言った。
 普段の私はこのように恐れ知らずで、理不尽な事には屈しないタイプだった。

「うるさい。出て行け」

 その講師は取り合わなかった。私は理由がわからないまま、授業を追い出された。友人も一緒に出てくれて、それは申し訳なく思った。

 それ以後、その講師は私に毎回授業中にケチをつけるようになった。

「俺の授業、合わんようやな」
「まだおるんか」

 お金を払って予備校に来てるのにこんな仕打ち、あるんだろうか?

 安部君に電話をした時、思わず愚痴が出た。

「他の先生に相談はできないの?」
「チューターにはしてるけど、改善されないんだ」
「イライラしてもしょうがないよ」
「そうなんだけど」

 安部君はてっきり理不尽なことが許せないタイプだと思っていたので、そう言われてがっかりした。

 私に共感できないのかな。
 それとも私が悪いと思っているの?

 なんだろう。心がざわつく。


 安部君は同じ部だった仲間が同じ予備校で、よく遊んでいるようだった。
 毎日うるさい音楽を聴いていて、パソコンは今はしていないとのこと。
 少しずつ安倍君の情報が増えていく。

「もしかして飽きっぽい?」

 と遠慮がちに訊いた私に、

「あーそうかも」

 と安部君は返事した。


 安倍君のことを知りたいと思っていた。
 今は高校生の時より確実に安倍君の知らなかった面が見えてきている。でも、なんでだろう。ちっとも仲良くなれている気がしない。

 安部君は自分から電話は切らない。
 私が、

「それじゃ、またね」

 と切り出すと、どこかホッとしたように電話を切る。

 私との電話は退屈なのだろうか。
 電話のあとにはいつもため息がこぼれた。

 それでも、電話をやめることをできない私がいた。