私は予備校に通いだした。

 個性的な講師、新しい友人たち。刺激はあったけれど、私は安部君のことを想わない日はなかった。
 自転車で予備校に通うとき、バッタリ会えないかな、などと考えもしたが、そんな気配は全くなかった。

 結局安部君は大学どうしたのかな。

 気になる。
 気になる!
 でも、電話していいのだろうか。

 先日の電話後のもやもやが蘇る。

 やっぱり電話しない方がいいのだろうか。


 予備校が始まって10日過ぎたあたりで、もう我慢ができなくなり、私は再度電話することにした。安倍君が携帯電話を持っているのかわからない。私は安倍君の自宅にかけるしかなかった。

 その日出たのはまた安倍君のお母さんだった。

「バイトに行ってるのよ。夜、12時ぐらいはもう寝てる?」
「いえ、起きています」
「11時過ぎにしか戻らないから、その頃かけるか、朝でもいいわよ?」
「でも……12時は遅いので皆さん寝ていらっしゃるのではないですか?」
「うちは遅いから大丈夫よ」
「では、またかけます」
「そう? ごめんなさいね」

 やはり安倍君のお母さんはさっぱりした話しやすい方だ。私は少し緊張が緩んで、話した通り、12時頃電話した。


 安部君は浪人をしていた。

 そして、予備校も私の推したとこに決めたようだった……。



 安部君はやりたいことをやっていた。

 大型バイクの免許取りと、夜遅くまでのバイト。
 車は大きいし、邪魔でかっこいいと思えないとのこと。

「花木さんも、バイクの免許取ればいいやん」
「わ、私は怖いのでバイクは……」

 安部君と話していると自分はつまんない人間だなあと思えてくる。

「夜色々考えて眠れない人は早死にするよ?」

 安倍君に言われた。

 安部君は浪人してることを引け目に感じてはいないようだった。安倍君のお母さんは安部君のしていることに制限を加えないみたい。
 なるほど。この母親にしてこの息子。わかるような気がした。

「一年なんてあっという間って。浪人は楽しいって先輩も言ってたよ?」

 私はとてもそうは思えなかった。

 私は母に毎日、

「浪人の身で」

 と言われていた。

 ただ、安部君のことは母は会ったこともないのに気に入っていた。

 私もバイクの免許を一緒にとっていたら、また違ったのだろうか。