彼との出会いは新入生オリエンテーションの日だった。

 高校になって初めてのイベント。
 そこでたまたま隣になった彼の名前は、安部俊輔《あべしゅんすけ》といった。その時はまだ名前さえ知らなかった私。彼の背の高さに、目をキラキラさせながら、

「背、高いね! バスケとかしてた?」

 と果敢に話しかけた。
 私は小学生のときにミニバスをしていたのもあり、バスケットが好きだったからだ。


 安部君の返事は。
 なかった。

「……」

 気まずい空気が流れた。

「あー、なんか、こいつ無口みたいでさ」

 斜めうしろの男子がフォローをしてくれたが、私の心は沈んだ。

 思えば第一印象はそんな最悪なものだった。このときはそんな安部君に恋に落ちるなんて思いもしなかった。


***


 安部君はとにかく背が高いので、よく視界に入った。

 でも、私は中学生のときに好きだった人が忘れられず、他の男子には全く興味を抱けなかった。安倍君も視界に入るだけの存在。女子にしては背が高く、ベリーショートの私も男子からは完全にアウトオブ眼中だったに違いない。
 

 一カ月が過ぎ、文化祭のシーズンがやってきた。
 文芸部に入った私にとって文化祭はメインイベント! 毎日夕方遅くまで部活に勤しんだ。


 その部室の隣の隣に安部君の部室があったことはもちろん知るよしはなかった。


***

 文化祭当日。

 文芸部は地味。なかなか人が入らないのもあって、私は呼び込みをしていた。

 そこで視界に入ってきたのがまた、背の高い安部君だった。

「ねえ! 一緒のクラスだよね! 入っていって!」

 私の顔が余程必死だったのか、このとき安部君は文芸部の展示室に入ったのだった。

 私の安部君に対する評価は、「最悪」から、「悪い人でない?」に浮上した。

 思えばそれが岐路だったのかもしれない。


「悪い人でない? 」まで浮上した安部君は、やはり背が高いという理由だけで私の視界に入った。

 そして、私は彼が特別になる、決定的な日を迎える。
 音楽の移動教室先に行くと、

「危ないから踏まないように気をつけて!」

 という女性教師の声がした。

 私は何が起こってるのだろう、と教室を見回した。

 そこで目にしたのが、大きな身体を丸めて割れた花瓶を拾っている安部君の姿だった。

 今思えば、彼一人ではなかったかもしれない。
しかし、私の脳裏には彼だけが焼き付いた。

 その時、私の心は動いた。

 安部君は私の中で、「悪い人でない?」 から、「超良い人!」に変わり、そればかりか、「なんかちょっと素敵な人!」に変わったのだった。


 そして、背が高いというだけで私の視界によく入る入る安部君に、中学生の時好きな人の記憶は薄れ始め、安倍君の印象がそれと入れ替わるように大きくなっていった。


***


 それに気付いたときは、秋風が心地よい晴れた日だった。

 いつものように視界に入った安部君の横顔にハッとした。

 綺麗だと思ったのだ。男性に使う言葉ではないかもしれないがそれがしっくりきた。
 なんて、なんて美しいんだろう。安倍君てこんなに綺麗な人だっただろうか?

 そして、安部君だけがほんのりと光って見えて……。この感覚に私は覚えがあった。

 私……。

 それ以来、私は安部君をまともに見られなくなった。何も考えずに挨拶していたのも出来なくなった。

 私は安部君に恋に落ちてしまった。