「遺憾(いかん)ながら、今年は一人分の生贄しか、用意できませんで……」
 三人の奴隷商は、弱々しげにそう言うヤマトへの怒りはともかくとして、誰がその生贄を引き取るかで口論を始めた。
 そして口論は暴力へと発展し、やがて奴隷商は一人になった。
「あの、誰が引き取っても、同じなのではないのですか」
「違うね。全然違う。俺は自分の取り分さえ確保できりゃあ、それでいいのさ」
 奴隷商は仲間思いではなかった。しかしヤマトは彼らを責める気にはなれなかった。三人の生贄の少女のうちから、見せかけの生贄一人を選ぶ段でも、ひと悶着あったのだ。
 少女たちも仲間思いではなかった。
 不運にも殺し合いの一部始終を見届けることとなったその少女は、奴隷商たちの内輪揉めの決着を契機に、ヤマトの手を振り払って逃げ出した。そしてそれを追おうと意識を逸らした奴隷商の脚を、ヤマトは隠し持っていたナイフで正確に切りつけた。

 全てが終わった後、村人たちはその生贄の少女たちを、三つ首の竜をいさめる新たな社の主、「三人巫女」として祭り上げた。
 彼女たちは永遠に生贄なのだ、とヤマトは思った。再び三つ首の竜が村を訪れたとき、村人は彼女たちを生贄として差し出すのだろう。

         §

 夕暮れにセナの家へと戻ると、生贄でも巫女でもない少女は夕食の準備をしているところだった。
「お帰りなさい。どこか良いところはありましたか?」
 どこか良いところ。それは具体的な場所を指すのか、長所という意味なのか、あるいはその両方か。
 ヤマトは思案するが、どのみち彼は図書館にしか行っていなかった。
「図書館はとても良いところだったよ」
「図書館、ですか。なにか研究をされているのですか?」
「研究?」
「図書館は、調べものをするときに行くところですから」
「そういうものかな。確かに僕も、この村の郷土史が目当てで、図書館に行ったのだけれど」
「でしょう」
 セナは鍋の中身をゆっくりとかき混ぜながら言う。
 そういえば、あの図書館にあったのは実用書ばかりで、子供を一人も見かけなかった。
「もしかして、この村では空想小説の類が禁止されているの?」