もちろん、少なくない数の村人たちが、崖で命を落としていた。それは現代でもおおよそ変わらない。これに関する絵画も掲げられていた。
 男たちはまっすぐに垂らされたロープを頼りに岩壁に張りつき、壁面にこぶのように点在する巣へと手を伸ばしている。女や子供など、体重の軽い者たちは、ロープの先に結ばれた籠の中に入り、壁面に生える山菜を採集していた。
 しかしどちらにせよ、運悪く親鳥の襲撃を受けたり、ロープがほどけるなどして転落する者がいた。
 絵画の説明書きによれば、『時には、はるか崖下に住まう魔物に足をつかまれることもあった。』とのことだ。
 ――魔物?
 その隣に掲げられている、祭りの様子が描かれた絵画の説明書きにも、「魔物」という言葉が記されていた。
『豊卵(ほうらん)を祝う祭りは、いつからか魔物を鎮めるための重要な儀式となり、人々は燃え盛る薪を次々に崖下へと放った。』
 魔物とはなんなのだ?
 ヤマトは不思議に思ったが、おそらくなにかの比喩か、あるいは辺境の村特有の伝承の類だろうと結論付ける。
 彼が以前訪れたとある山村では、川の上流に三つ首の竜が住んでいるとされ、毎年三人の見栄えの良い少女を生贄として差し出していた。
「なぜ三人なのですか?」
 ヤマトが問うと、村を取り仕切る社(やしろ)の神主は、怪訝そうに、「それはまあ、三つ首ですからな」と答えた。
「でも胃袋は一つなわけでしょう。首に胃袋があるのなら、話は別ですが」
 続けて神主に問うと、今度は迷惑そうに、「一人や二人だと、三つ首がケンカするわけです。生贄を食べられる首と、食べられない首が出るわけですから」
「するとどうなるんです?」
「三つ首は怒り、村に災いをもたらします」
「待ってください。無事生贄を食べられた首も、怒るわけですか? なぜ?」
「仲間思いなんでしょうな」
 予想外の返答にヤマトは困惑する。三つ首の竜は仲間思いなのだ。
 ……ヤマトはその山村で、一部の村人たちから依頼を受けていた。それは、社に訪れる奴隷商を返り討ちにしてほしいという依頼だった。
「仲間思い……」
 ヤマトは呟くように言うと、片手を挙げて合図をし、依頼者の村人たちと連携して、見事に神主を拘束した。そして神主に扮し奴隷商の来訪を待つと、なにも知らずにやってきた三人の男たちにこう告げる。