「ああ、ああ、あったなぁ。絵画が飾ってあって」
「絵画……。そういえば、その展示に不可解な記述がありました」
「不可解な記述?」
「卵採りを邪魔する『魔物』を鎮めるために、燃え盛る薪を崖下へと放る――そんな祭りがあると」
「燃え盛る薪を、崖下へ……?」
ヤマトが拾ってほしかったのは「魔物」という部分だったのだが、医師は神妙な顔で、「それは……信じがたいな……」と言って自身の額に手を当てた。
「…………、ところで、この道はうそつき村へと続いているんですよね?」
緩やかな上りの道がいつの間にか下り坂になっているのに気付き、ヤマトは訊ねた。
「ああ。この道は、うそつき村へと続いている。丘を下る道だ。……分かるかい、正直村の丘の下に、うそつき村があるんだ」
「丘の下……には、ただひたすらに大樹海が広がっているものと、そう思っていましたが」
「それで間違っていない。こちらも順を追って話そう。そもそもなぜ私が病院を辞めさせられるはめになったのか……まずはそこからだ」
馬は下り坂を風のように駆け降りたそうに幾度か加速を試みていたが、そのたびに医師が手綱を使って馬をいさめていた。
「……昔々、ある丘の上に、のちに『正直村』と呼ばれることになる一つの村があった。村人たちは誠実を愛し、うそを憎んだ。ところが、中には間違いを犯してしまう者もいた。こともあろうか、永遠の愛を誓い合った、自らの伴侶を裏切ってしまう者が。
村人たちはそんな裏切り者をけっして許さず、村から追放した。
村を追われた裏切り者は丘を下った森の中に小川を見つけ、その周辺で暮らし始めた。やがてそれは『うそつき村』と呼ばれる集落になった。
その集落がうそつき村と呼ばれるようになったのは、そんな村の成り立ちの他にも、理由があった。その集落には、謎の風土病があったのだ。その病にかかると、脳にスポンジのような細かな穴が開き、簡単な受け答えもままならなくなる。まともに思考することができなくなるんだ。正しいこと一つ言えなくなる。
そして年月を経て、うそつき村のうわさを聞きつけた一人の医学者が、丘の下の集落を訪れる。医学者はしばらくのあいだ彼らと生活を共にし、彼らの大きな秘密を知ることになる。
彼らは時おり……人間を食べていたのだ。
「絵画……。そういえば、その展示に不可解な記述がありました」
「不可解な記述?」
「卵採りを邪魔する『魔物』を鎮めるために、燃え盛る薪を崖下へと放る――そんな祭りがあると」
「燃え盛る薪を、崖下へ……?」
ヤマトが拾ってほしかったのは「魔物」という部分だったのだが、医師は神妙な顔で、「それは……信じがたいな……」と言って自身の額に手を当てた。
「…………、ところで、この道はうそつき村へと続いているんですよね?」
緩やかな上りの道がいつの間にか下り坂になっているのに気付き、ヤマトは訊ねた。
「ああ。この道は、うそつき村へと続いている。丘を下る道だ。……分かるかい、正直村の丘の下に、うそつき村があるんだ」
「丘の下……には、ただひたすらに大樹海が広がっているものと、そう思っていましたが」
「それで間違っていない。こちらも順を追って話そう。そもそもなぜ私が病院を辞めさせられるはめになったのか……まずはそこからだ」
馬は下り坂を風のように駆け降りたそうに幾度か加速を試みていたが、そのたびに医師が手綱を使って馬をいさめていた。
「……昔々、ある丘の上に、のちに『正直村』と呼ばれることになる一つの村があった。村人たちは誠実を愛し、うそを憎んだ。ところが、中には間違いを犯してしまう者もいた。こともあろうか、永遠の愛を誓い合った、自らの伴侶を裏切ってしまう者が。
村人たちはそんな裏切り者をけっして許さず、村から追放した。
村を追われた裏切り者は丘を下った森の中に小川を見つけ、その周辺で暮らし始めた。やがてそれは『うそつき村』と呼ばれる集落になった。
その集落がうそつき村と呼ばれるようになったのは、そんな村の成り立ちの他にも、理由があった。その集落には、謎の風土病があったのだ。その病にかかると、脳にスポンジのような細かな穴が開き、簡単な受け答えもままならなくなる。まともに思考することができなくなるんだ。正しいこと一つ言えなくなる。
そして年月を経て、うそつき村のうわさを聞きつけた一人の医学者が、丘の下の集落を訪れる。医学者はしばらくのあいだ彼らと生活を共にし、彼らの大きな秘密を知ることになる。
彼らは時おり……人間を食べていたのだ。