「空想小説……『うそ物語』のことですか? はい。昔うそつき村の住人が、この村でそういった本を売り始め、一時は村中で大流行したらしいのですが、それらの物語がうそであると分かって、うそ物語は禁止になった……と、そう教わりました。『虚構物頒布(きょこうぶつはんぷ)禁止の令』といって」
「そういえば、郷土史年表にそんな法令の名前が書かれていたような気がする。あれはそういう法令だったんだ」
「はい。……まもなく夕食の準備が整いますので、母を呼んできていただけますか?」
「分かった」
 セナの母親の部屋の扉は、ヤマトが出かけたときと同じく、ほんの少しだけ開いていた。
 彼女は部屋の壁際に置かれた机に向かい、てきぱきと針仕事をしていた。
 ヤマトが声をかけると、母親は慌てた様子で振り返り、彼の姿を認めて安堵したように息を吐く。
「なんだ、旅人さんだったの。あの子かと思ったじゃない」
「横になっていなくてよいのですか?」
「もうほとんど大丈夫なのよ。あの子は寝てなさい寝てなさいって言うけど、寝てばかりいたら体力が落ちて、治るものも治らないと思わない?」
「そうかもしれませんね」
「片付けをしたら行くわ。ありがとうね」
 まるで『鶴の恩返し』みたいな慌てようだったな、とヤマトは思ったが、それを口にするとうそ物語の頒布者になりかねないので、彼はなにも言わずに台所へと戻った。
 その代わり、ヤマトは夕食中、親子に旅の話をした。
 変わった村、変わった人、変わった土地、変わった動物の話を選んで話す。そういう変わった話ばかりしていると、「旅人は変わった村にばかり行っている」あるいは「他の村は変わった村ばかりなのだ」という誤解を往々にして招くことになるのだが、平凡な村の話をしても仕方がない。
 娘はヤマトの話を夢中になって聞き、母はしきりに「それは本当の話なの?」と彼に確かめた。
 それは疑っているというニュアンスではなく、一種の感嘆を表すフレーズのようだった。
 夕食には、見たところ黒頭白鷺の卵は使われていないようだった。それはこの家に父親がいないことと、なにか関係があるのかもしれない。

 そして夜がやってきた。部屋へ戻ったヤマトは早々にベッドへ倒れ込んだが、なかなか寝つくことができない。