「じゃあ部屋、戻るから」
かばんの紐をぎゅっと握って逃げるように廊下を足早に歩くと「お姉ちゃん」妹に引き止められる。おかげで部屋まであと数歩といったところで立ち止まる。
「あ、あのさ、実はちょっと話があって……」
振り向くと、視界に映り込んだ理緒の表情は、とても強張っているようだった。
昔は、こんなんじゃなかった。ずっともっと仲がよかった。私のあとをずっとついてきて、お姉ちゃんお姉ちゃんって、近所の人が見たら仲良い姉妹だねってよく言われていた。
けれど、今の私たちにはそんな名残りさえない。
「どうしてもお姉ちゃんに聞いてもらいたくて」
ガンガンと頭を鈍器のようなもので殴られるような強い痛みが走って、「ごめん」と会話を断ち切るように声を落とす。
「今からまだやらなきゃならないことあるから、今度でもいい?」
私は、いつも逃げる。お母さんからも、妹からも。そのせいで修復はどんどん先延ばしされて、代わりに〝深い溝〟だけが大きくなる。
「…あ、うん、分かった」
私の存在が、みんなに気を遣わせてる。それをひしひしと肌で感じる。
「……ごめんね」
こんなに家族に迷惑かけるくらいなら私の存在なんて必要ない。
「……お姉ちゃん?」
全部私のせい。私が一年前の受験に失敗なんかするから。
私の存在自体が〝不幸〟を呼ぶのかもしれない。
「ううん、なんでもない。じゃあね」
現実から目を逸らすようにその場を離れた私は、後ろを振り向かずに部屋の中へ逃げ込んだ。
一気に緊張の糸がほどけて、ドアにもたれかかるようにズルズルと座り込む。フローリングの冷たさが身体に流れ込み、体温を奪う。
リビングは、暗くて重くて、いつも酸素が足りない。私が行くとさらにその重圧はのしかかり、居心地が悪い。
もっと遅くに家に帰ればよかった。そしたらこんな思いしなくて済んだのかもしれないのに。
「なんで私ばっかり……」
つらい思いをしなければいけないんだろう、苦しくなって身体を抱きしめるようにうずくまる。
身体の芯まで冷たくて、心は凍てついている。
けれど、彼に借りたマフラーのおかげで首だけは暖かくて。
ふいに、顔を上げる。
以前は、もっと華やかな部屋だった。【志望校に合格する】と書いた紙を壁に貼ったり、友人との写真をボードに貼り付けたりしていた。けれど今は、六畳の部屋の中は、何もない殺風景。壁に一つも貼ってはいない。外の世界と遮断するように、締め切られたカーテン。たくさんあった参考書は、全部捨てた。
──希望も、目標も、未来も、幸せも。
全部全部、過去へ捨ててきた。
──今の私には、何もない。
だから、
「……明日なんて、来なければいいのに」
そう思っていつも、夜、眠るのだ。