神木さんが千聖くんにかけた言葉を思い出す。

 〝よかった。伏見くんが元気そうで〟

 そんなことを言うってことは、前はそうじゃなかったってこと?

 それとも私の気のせい? 考えすぎ?

「いや、だって去年は……」

 すると、何かを言いかけた神木さんは、そこで口を閉ざす。

 神木さんの表情は、切なそうに歪んでいて。二人の間には、何かがあるのだと理解する。

 私には、知り得ない何か、が。

 けれど、何かがあるのだとすればそれは二人にとって特別なもの。

 それはおそらく──…

「──ごめん」

 突然、静寂を打ち破った声は、千聖くんのもの。

 それはあまりにも弱々しく落ちた。何を言い出すのか彼を見上げていると、

「俺、急用思い出したから帰るね」

 と、私の手を強く握りしめて背を向ける千聖くん。

 当然私も困惑して「え」と声を漏らし、目の前にいた神木さんも言葉を失っているようで。

「あのっ、千聖くん……っ」

 声をかけるが止まってはくれなくて、代わりに最後に見た光景は、神木さんが悲しそうに顔を歪めていたそれだった。

 しばらく走ったあと、足のスピードを弱めた千聖くんは、立ち止まり、パッと手を離す。

「ごめん、美月。勝手に引っ張って……まだ神社にいたかったよね」

 いつもよりよそよそしい千聖くん。

「ううん、それは大丈夫だけど……」

 弱々しい声色に、揺れる瞳は、私を移しているようではなくて。どこか遠くを眺めているような、そんな気がした。

「ほんとにごめん」

 ひたすら謝る千聖くん。

 なにかに怯えているような、思い出しているようなそんな感じがして。

 聞いてもいいのかな。ダメかな。好奇心と不安が混在する。

「あの、さっきの人って……」

 恐る恐る尋ねると、一瞬だけ眉がピクリと動いたのを私は、見逃さなかった。

 不安よりも、好奇心が上回ってしまって尋ねてしまう。

「あー……そういえばまだ言ってなかったよね」

 頭をかきながら、私に少し背を向けると、

「中学の同級生。卒業してから全然会ってなくて、久しぶりだったからかなりびっくりしちゃったけど」

 淡々と告げるけれど、言葉に感情がこもっていないように聞こえる。

「同級生……」

 まるで、それは台詞を棒読みしているかのようだ。

「うん、そうだよ」

 千聖くんは、そう言うけれど。

 私は、違うなにかを感じた。

 二人の間には、私が踏み込めない何かを。