初めて聞いた、理緒の胸の内。

「それから学校の先生になりたいって思ったそうよ」

 知らなかった。理緒が、そんなふうに思っていたなんて……

「私はただ……」

 だらしない妹の面倒を、姉として当然のことをしただけであって。褒められるようなことなんて何ひとつしていないのに。

「美月が理緒に勉強を教えてくれたから、あの子、それで学校の先生に憧れたんじゃないかしら」

 どこか遠くを見つめながら、表情を緩ませるお母さん。まるでその表情は、昔私たちが仲良く過ごしていた光景を思い浮かべているのかもしれない。

「だからね、決して美月を苦しめようと思っているわけじゃないってことだけ、どうか……どうか分かってあげてほしいの」

 今までは、聞きたくもなかったし知りたくもなかった。

 私の身に起こる全てのものが不幸だと思っていた。全部、羨ましくて憎くて苦しくて悲しくて、世界を恨んだし絶望したし、消えたいとすら思った。

 ──私は、この世界で幸せになれないのだと思っていた。

 けれど、彼に出会ってから心に変化が現れた。
 それは全部私の思い込みにしか過ぎないのだと知った。

 私が変わりたいと願うなら、いつだって変わることができるのだと教えられた。

 だったら、今ここで。

 〝過去〟を断ち切らないといけないんだ。

「……うん」

 私の一歩は、ほんの数センチしか進まないかもしれない。
 それでも動かないでその場に立ち尽くすよりは、いいのかもしれない。

「……理緒の気持ち教えてくれて、ありがとう」

 私がそう言うと、お母さんは口元に手を当てて、

「……ありがとう」

 涙をこらえるように、その言葉を繰り返した。

 そして。

「お母さんは、あなたたち二人が一番大切なのよ。それだけはどうか忘れないで」

 今にも泣きそうな顔で、精一杯の笑顔を見せていた。

 ──自分はこの世界に必要ないと、ずっと思い違いをしていたのかもしれない。

 だって今は、こんなにも胸が熱く満たされているのだから。