「でも、今度は俺、引かないよ。美月が教えてくれるまでここを一歩も動かない」

 私の目を見据えて、彼が言う。

 その瞳は、いつになく真剣で私は逸らすことができなくなった。

 彼の言葉はいつだって素直で真っ直ぐで、濁りなんかひとつもなく。霧がぱあっと晴れてゆくようで。

 私は、一体今まで何をモヤモヤと一人で悩んでいたんだろう。何に怯えていたんだろう。

 もう、大丈夫。
 私、決心がついたから。

「……あのね、千聖くんに聞いてほしいことがあるの」

 重たい口をゆっくりと開くと、

「うん、待ってた」

 千聖くんには、全てお見通しのようで。

 陽だまりのように笑ったのだ。

 今日の空は、雲一つない晴天で。晴れ渡る日の三限目、私は千聖くんと屋上にいて。これから私は、一歩踏み出す。

 ぎゅっと拳を握りしめて、すーはーと呼吸を整えてから。

「私ね、受験に失敗したんだ」

 今まで誰にも言えなかった秘密を、ゆっくりと打ち明ける。
 千聖くんは、え、と困惑したように表情が固まった。

「ほんとは、べつに行きたいところがあったの。友人二人と一緒に合格しようねって誓い合った高校に、私は行くはずだった……」

 〝みんなで合格するんだよ。約束だよ。〟

 そうやって、誓い合った。

「でも…私だけが不合格だったの」

 あの日のことは、忘れもしない。

 忘れられるはずがない。

 だって、私がどれだけ。

「……絶望したか……どれだけ苦しかったか」

 どうして私だけ? なんで私だけ?

 答えが出るはずのない疑問を、ずっと考えていた。

「それからの毎日は私にとって地獄のようで。全然、何も楽しくなくて……」

 生きてるのか、死んでるのか。分からなくなるほどに私は、自分の人生に絶望した。

 私は初めて、〝挫折〟した。

「だからね、この学校にだってほんとは行きたくなくて……」

 声を落とすと、「じゃあ前に言ったあれって」私の言葉を思い出した千聖くん。おそらく点と点が繋がったんだろう。

「うん、行きたくなかったけど、高校を卒業してないとどこも就職は取ってくれないから仕方なく…」

 仕方なく、この学校へ通っていた。

 けれど、それは私にとって。

「苦しくてたまらなくて、今にでも消えてしまいたいって思ってた……」

 ──消えたい、と。
 ──やり直したい、と。

 心の中の感情はぐちゃぐちゃに。まるで混ざり合った絵の具のように。そして最後は、真っ黒な色に染まって、堕ちてゆく。