「なんか不思議だね」

 ふいをついたように、彼が言葉を落とすから、「え」と困惑した声を漏らして顔を上げる。

「授業中なのにここには俺と美月の二人だけ。まるで世界に俺たちしかいないみたい」

 グラウンドを見下ろしながら、笑った。

 たしかに、ここは私と千聖くんが初めて出会った場所。
 私がここに駆け上がってフェンス越しに景色を眺めていると、『死ぬつもり?』って、尋ねられて。千聖くんが来なければ、声をかけられなければ、私は今もずっと一人だった。

 少しだけ懐かしさを思い出し、胸がきゅうっと苦しくなる。

「美月、約束守れなくてごめん」

 いきなり謝られて、困った。

「え、なんで……」

 悪いのは私。千聖くんを傷つけたのも私。

 それなのにどうしてごめんだなんて。

「教室には来ないって言ったのに、その約束守れなかった」

 そういえば、出会った頃にそんなことを約束した気がする。もう随分、前のことのようで。自分から言っておいて忘れるなんて、信じられない。

「だけど、ああしないと美月のこと捕まえることできそうになかったから」

 真剣な話をしているのに、なぜか妙におかしくなってしまう。

 彼が言った〝捕まえる〟って言葉。

 それってまるで私が逃げ回る。

「……私がネズミみたいな言い方」

 思わず、ボソッと呟くと、

「じゃあ俺は、猫かな」

 と、冗談めいたことを言ってクスッと笑った。

 今まですごく怒ってたのに、なんだかバカらしくなって。

「……もうっ、なにそれ」

 思わずクスッと笑ってしまった。

 今までずっと避けていたのが、まるで嘘のようだ。

 ひとしきり笑ったあと、「俺さ」ポツリと千聖くんが話し始めるから、彼に意識を集中させると、

「美月が何かを抱えてるのは気づいてたけど、全然力になってあげられなかった。挙げ句の果てに距離もできちゃうし、なのに俺、美月と約束したからそばに行けなくて」

 まるで自分のことを責めているかのような言葉に声に、胸がぎゅっと苦しくなる。

「学校の外で何度か会ったけど、美月は俺から逃げてばかりだし。全然、話す時間なんかなくて」

 千聖くんは、こんなにも優しくて温かい言葉をかけてくれるのに、私はどうして信頼することができなかったんだろう。頼ることができなかったんだろう。

「俺が近づきすぎたせいなのかなって思って、今回距離をとったけど……」

 あんなに傷つけて、突き放してしまったんだろう。